井戸(おススメ度★)
俺が幼少期に育った実家は山地にあった。
水道が通っておらず、井戸水だった。
そんなところに住んでいたのは、父が田舎暮らしを好んだからだった。
小学校の頃から育った家は、もともと祖父母のものだった。
俺が2歳の時祖父が亡くなって、父が息子たちの教育の問題を考えて移り住んだのだった。
山地と言っても、古い家には自転車でも行くことができた。
たぶん、自転車で1時間くらいかかったと思う。
俺は小学生になってからよく一人でその家を訪れていた。
平屋で二部屋くらいしかなく、家というよりも小屋と言っていいレベルの建物だった。
鍵をかけていなかったので、俺は自由に入って探検していた。
電気が通っていないので、懐中電灯を持って行ったが、暗がりに浮かび上がる廃墟はスリル満点だった。
昔住んでいた時に使っていた台所用品や、雑誌などが散乱していた。
母親が片付けができない人で、置いていったようだった。
ガラスが割れている部分もあった。
実家の周りは原野でいろいろな果物の木が植えてあった。
しかし、隣との境界線もわからないようなところだった。
そんなど田舎だった。
昨今のキャンピングブームを考えれば、こういうのを羨ましいと思う人がいるかもしれない。
父も多分そういうのをやりたかったんだろう。
旧実家には井戸が二つあり、斜面には小さな祠もあった。
井戸のうち、ポンプがついているのは家のすぐ傍にあり、もう一つは祠の近く
にあり転落防止のため木で囲ってあった。
ポンプ式の井戸はその当時も使うことができたが、木の井戸の方から水を汲んだの見たことはなかった。
俺は子供の純粋な好奇心で、古い井戸がどうなっているか見てみようと思った。
井戸に乗ってる木の蓋をどかしてみることにした。
想像より重くてやっと動かせるくらいだった。
時間をかけて何とか下に落としたが、もとには戻せなくなってしまった。
親に怒られると思ったが、二人とも旧実家にはもう行く気がなさそうだったから、俺がやったとはばれないだろうと思った。
俺はこわごわ井戸を覗いた。
濁った黒い水がかなり下に見えていた。
高いところが苦手な俺は、足元をすくわれそうな気がしてぞっとした。
落ちたら死ぬと思っていた時だ。
後ろから背中をどんと押された。
「あ!」
俺は声をあげて、やっとのことで井戸の柵にしがみついた。
もう少しで落ちるところだった。
殺されると思って、しばらくしてから後ろを振り返ると誰もいなかった。
俺は恐ろしくて這うようにして、斜面を駆け下りて自転車まで戻った。
すると、見ず知らずの男の子が俺の自転車を触っていた。
今でも覚えているけど、俺と同じくらいの年で、茶色いニットのベストを着ていた。
生意気そうで、一重の目で俺をじっと睨みつけていた。
「それ、俺のだけど」
俺はその子が背中を押したんだと思った。
「さっきお前がやったんだろう」
俺は怒鳴った。
すると、その男の子は歩み寄ると、いきなりグーパンチで俺の顔を殴った。
俺がひるんだ隙に、自転車を足で倒して実家の中に入って行った。
ものすごい速さで、学校で一番足が速いやつよりも速かった。
そんな所に子供がいるはずはなかった。
近くに学校がないから、俺たちが引っ越したからだ。
その男の子は俺の実家に勝手に入って行ったが、怖くて見に行くことができなかった。
その時のことは、親にも言わなかった。
このことがあった数年後、俺が生まれたすぐ後に、母が流産していたことを知った。
その子が、新しいい家に連れて行ってもらえなかったことを恨んでいるのかもしれなかった。
そのうち、実家は人手に渡ってしまったが、あの古井戸と男の子が今もあそこにいる気がして恐ろしくなる。
生きた人間だとしても、そうでないとしても、思い出すとやっぱり恐ろしい。
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