ぬいぐるみ(おススメ度★)

 ぬいぐるみは新しいうちはかわいいが、古くなるとボロボロになって、おぞましい姿に変わってしまう。

 しかし、子供が抱いてかわいがったり、飾っていると劣化するのはやむを得ない。


 俺は子供の頃、お土産でもらったパンダのぬいぐるみを大切にしていた。

 1970年代、上野動物園にいたパンダは康康かんかん蘭蘭らんらんだった。

 

 どちらも1972年に中国から贈られ、その当時は日本中がパンダブームに沸き返った。公開初日に6万人が集まったというから、その尋常でないフィーバーぶりがうかがえる。

 

 俺はテレビでしか見られなかったが、お土産でもらったぬいぐるみを大切にしていた。


 20代の頃にもまだ実家の俺の部屋にあった。

 愛着があって捨てるなど考えられなかったし、いつか東京に連れて行こうと思っていた。俺はそれがずっと実家にあると思い込んでいたが、ある時、母親が勝手に俺の部屋に入って荷物を整理してしまった。

 そして、古いぬいぐるみをあっけなく捨ててしまったのだ。


 それを知った時、俺はもっと早く引き取らなかったことを心底後悔した。

 そして、すぐにネットオークションで、1970年代に購入したというパンダのぬいぐるみを落札した。


 デッドストックで、ビニール袋に入っているものを、35,000円もの高額で購入したのだ。


 俺は大好きだったパンダが戻って来てうれしくてたまらず、リビングに飾った。


 埃をかぶると汚れてしまうので、翌日にはビニールをかけておいた。


 最近の高価なぬいぐるみはリアリティを追求しているが、俺のぬいぐるみはもとはそんなに高いものではなく、子供向けに作られたお土産品だ。


 そういうのは、子供がかわいがってくれるのが一番だが、何の因果かおっしゃんの一人暮らしに付き合わされることになってしまった。

 

 誰が売ってくれたのかなぁ・・・と思う。

 昔、親が買ってくれたのを小遣い稼ぎに売りに出したのかな。

 

 売り主のプロフィールをチェック。取引数は4桁もあって、ほとんど出品。

 悪い評価がない。

 俺は評価500件くらいだが、出品で良いの評価を積み重ねるのはけっこう大変だ。

 

 『実家の質屋の質流れ品を売っています』


 売り主は関西だった。

 

 パンダのぬいぐるみが質草? 

俺は酒乱の親父が、子供からパンダのぬいぐるみを取り上げる姿が目に浮かんできた。


 足元で泣く子供。

 1970年代なら珍しいから少しお金を借りられたのかな。


 パンダが寂し気に俺を見ていた。

 数奇な運命をたどって、45年経って東京に戻ってきたパンダ。

 45年はあまりにも長い。

 カンカン、ランランはもう40年前になくなった。

 雄なのか雌なのかどっちなのかわからない性別のないパンダ。

 

 手垢で汚くなっても、持ち主にかわいがってもらうのがぬいぐるみの本来の幸せのような気がする。

 ビニールに入って息苦しそうなので、とりあえず袋から出して開放してやった。

 

 その後、売主から連絡があった。

「ぬいぐるみの中に大事な物が隠してあるから返して欲しいというのだった」

 俺は気に入っているから、その大事な物を取り除いてからまた購入したいと答えた。


「中には亡くなった子供の遺髪が入っていますので、ぬいぐるみごと引き取りたいと思います。申し訳ありません」と書いてあった。

 

 俺はそのパンダをすぐ箱に入れて、姿を見ないように片付けてしまった。

 まるで、亡くなった子供がそこにいるような気がしたからだ。

 なぜそんな大事な物が売りに出てしまったのかはわからない。


 

 

 


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