締め出し(おススメ度★)

 自慢ではないが、俺はオートロックのせいで、何回かオフィスから締め出されたことがある。


 ホテルならフロントに行けばいいが、オフィスだとそうはいかない。


 昼間なら誰かが通りかかるまで待つ。

 管理人がいる時間なら、一階の管理人室へ相談。

 それ以外は警備会社。


 俺はある晩、夜遅くまで残業していた。


 今は働き方改革で、残業はあまりできない。

 今の会社は7時くらいまでしかパソコンを立ち上げていられないから、仕事もそれまで。


 俺は管理職になってから、長らく残業代をもらったことがないが、30代の頃は深夜まで働くのが普通だった。


 その夜は、最悪なことにセキュリティカードを忘れて、薄着のまま屋外に出てしまった。


 バカだったと思うが、11時を回ってから腹が減って、コンビニにパンを買いに行ったのだ。


 締め出されたと気がついても、やっている店はほとんどなく、携帯もデスクに置きっぱなし。どこにも連絡できなかった。


 胸ポケットに小銭があるのみ。

 1000円札しか持って出なかったから、残高は500円もなかった。


 俺は24時間営業の店を探して歩くことにした。


 牛丼屋などは24時間やっていると知っていたから、そこで時間を潰そうかと思った。


 営業妨害になるので、どこの牛丼屋かは書かない。


 食欲がなくなるほど古びて脂ぎったカウンター。

 店員さん一人で回していた。

 すごいと感心していた。


 牛丼を一杯頼んでとりあえず食べた。

 空腹なのでそれなりに美味かった。

 その時点でまだ午前0時半だった。


 俺はやることが何もなくて暇だった。

 その間も、客が出たり入ったりしていた。


 突っ伏して寝てる人もいた。

 半分白髪のような髪型で、黒いジャンパーを着ていた。

 一度も起きないので、男なのか女なのかもわからない。

 とにかく、そういう人が1人いるだけで店の空気がどんよりしたものになっていた。


 その時分は、まだビジネスカジュアルが一般的ではなく、俺はワイシャツだったから、寝づらかったが、同じように突っ伏して寝る。


 眠っている間も意識はあった。

 人が出入りしている音、店員がすごいスピードで接客し、料理を出している匂いと音。話し声。

 

 とにかくワイシャツがぴちぴちで動きづらく、テーブルが固かった。

 そして足元が寒い。


 一回うとうとして意識が飛び、目が覚めると、背中に人の手の感触があった。

 そんなに大きくない手だった。

 誰かに両手で背中を撫でられている。

 いやらしい感じで背中全体を何度も撫でまわす。


 気持ち悪いが、ここで喧嘩になってもしょうがないので黙っていた。

 するとさらに太ももを触って来る。

 俺の背中に誰かが覆いかぶさっていて、その人の腹の感触が伝わって来た。

 男だ・・・。

 首元でハアハア言っている。

 髭が首元に当たってチクチクした。


 げ・・・っ。


 もしかして、ゲイの痴漢か。

 うわーどうしよう。

 ケンカしたくない・・・。

 警察沙汰にはなりたくない・・・。


 すると、今度は胸を撫でまわし、腹も触り始めた。

 いよいよ股間に手が行きそうになった時、俺は耐えられなくなって、男の手を振り払うようにがばっと起き上がった。


 その拍子にテーブルの上の水が倒れた。


「あ、やばい」


 勢いよく後ろを振り返ったが誰もいない。

 それどころか、店には俺以外一人の客もいなかったのだ。


 カウンターの中にいるのは店員だけだった。

 そして、あっけに取られたように俺を見ていた。


 俺は牛丼屋で痴漢に遭ったんだ。

 あれは絶対夢じゃない。

 俺は今も思っている。



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