くみ取り便所(おススメ度★)

 俺が子供の頃、実家は水洗トイレじゃなかった。


 2年前、都内では99%が水洗だったが、徳島県では65%しか水洗じゃなかったようだ。都市部にいるとわからないが、水洗トイレは完全に普及しているわけではない。


 俺は進学で地方から東京に移り住んだが、東京出身の同年代の人の中には、幼い頃から水洗トイレだったという人もいた。

 だから、これはくみ取り便所の怖さを知らない人にはピンと来ないかもしれない。

 

 俺は今でもくみ取り便所が怖い。

 俺が使ったことのあるくみ取り便所は和式がほとんどだった。

 子供の頃は足を滑らせて汚物の中に落ちてしまうのではないかと想像し、トイレに行くのが怖かった。


 学校のトイレもくみ取りで、生徒が汚物の海に靴を落として、そのままになっているのを時々見かけた。

 たまに片足だけ落ちた生徒もいたと記憶している。

 夏にはハエが止まり虫が湧いていた・・・。


 俺の実家は、なぜかトイレが2階にあった。

 確か最初のトイレは1階の端っこにあって、増築した時にトイレを潰して2階に持っていったんだったと思う。


 だから、俺が生まれた時には、すでにトイレは2階だった。

 今思えば、2階から1階に繋がっている、くみ取り便所の穴の深さなんて、大したことはなかったと思う。

 それなのに、子供の頃にはそれが2倍にも3倍にも深く感じていた。

 

 トイレの穴を覗くと、遥か下に汚物が池のように溜まっている。

 物を投げるとシューっと音もなく吸い込まれて行く。

 日が当たらない灰色の泥のようで、

 落とした物はまるで地の底に落ちて行くかのように感じた。

 

 ある時、俺はトイレに漫画を持って行った。

 大だったから、踏ん張っている間、暇だと思ったのだ。

 下からは冷たい風が流れて来て、尻を撫でる。

  

 しかし、トイレが臭すぎて、長居できないとわかり、手に漫画を持ったまま尻を拭こうとした時だ。手元が狂って漫画が穴に落ちて行った。


「あ!」


 俺ははっとして便器の穴の中を見ていたが、その漫画はいつもと比べて、ものすごくゆっくりしたスピードで下に落ちて行った。


 漫画が穴の真ん中の頂点に落ちて、山になったところから転げ落ちて、あっけなく液体の中に落ちて行った。


 ぽと、、っという音がした気がした。


 漫画が惜しかったが、それよりトイレが増々怖くなってしまった。

 自分自身が落ちるような恐怖にいつも襲われるようになって、しばらくトイレに行く時は目を瞑って行き、下を見ないようにしていた。


 何故か穴の底から何かが自分を吸い寄せているような錯覚を感じてしまうのだった。

 高いビルの上に立って足元を見るような感覚だ・・・。


 今想像しただけで気が遠くなる。 

  

 自分がトイレの穴に落ちて、底なし沼のように足が付かなくて、もがきながら汚物に埋もれていく姿を。

 今でも想像してしまう。

 

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