中古住宅(おススメ度★)

 自分がなぜ50を過ぎて独身なのか。

 なぜ、結婚できないのかと悩むことも多い。

 なぜ、人並の幸せがないのか。


 やはり、軸がぶれてしまうのが一番の原因だろう。

 普段は20代の若い子がいいと思うのに、別の日には一緒に骨董市に行ってくれるような趣味の合う人がいいと思う。

 そして、疲れた時には、キャリアウーマンで稼いでくれる人がいいと思ったりするのだ。


 俺は東京23区に一戸建てを所有している。

 買った時は7000万円台で築10年くらいだった。

 場所はかなりいい所。

 所有権。3階建て。3LDK。ロフト、収納あり。

 80㎡超。

 整形地。日当たり良し。

 駐車場付き。


 売主は多分40代くらい。

 そのくらいの家を買うぐらいだから、共働きか、年収は俺よりかなり高いはずだ。

 子供が2人いて手狭になったから引越したいということだった。

 それは建前で、恐らくローンの返済がきつくなったのだろうと推察した。


 俺が見に行った時は、まだ居住中だった。


 その時は、駐車場にあったはずの車がなかった。

 多分、内見がある間、みんなで車で出かけているのだろう。

 おっさん一人のために、せっかくの週末にゆっくりできなくて申し訳ない気がした。


 1階は子供部屋だった。

 黒いランドセルが置いてあった。

 賢い子供のようで、机の上の棚には中学受験塾のテキストが山ほど並んでいた。

 今は公立小で、中学から私立に行くのだろう。

 首都圏は中学受験が過熱していると聞く。

 本棚に置いてある本も自然科学とか、生物の本ばかりだった。

 漫画は学習漫画しかない。


 御三家とかを狙うようなタイプかもしれない。

 スタートからしてすでに負けている。


 リビングにはピアノがあった。

 そこで普段、暖かい家庭生活が営まれていることを髣髴とさせる空気が漂っていた。

 台所は10年経っているとは思えないほどピカピカで、きれい好きの奥さんのようだ。

 お母さんが料理上手で、家族揃ってダイニングで食事か。

 いいなぁ。。。


 3階の広めの部屋は夫婦の寝室・・・。

 微妙だ。

 俺はよその夫婦には興味はない。


 そして、小さい方の部屋は女の子の部屋のようだ。

 ピンクのランドセルが置いてあった。

 壁にバレエのポスターが貼ってある。

 デスクも家具も白でかわいい。

 ベッドには、『すみっこぐらし』のぬいぐるみが沢山飾ってある。

 おじさんは心の中で悶える。


 新築・中古含めて、いくつか家を見たけど、そこが割安で気に入ったので購入を決めた。

 お約束で300万ほど値切ってみた。

 これは、不動産会社への仲介手数料分だ。

 売主はOKした。

 早く売りたいのだろうと思った。


 年収1000万で7000万台の家を買うなんて無謀だと思うかもしれないが、俺は4000万の預金があったので、1000万残して残りの3000万を頭金にした。

 残りの1000万円からも色々な初期費用を払ったので、預金はかなり減ってしまったが。

 今は毎月11万返済しているが、それでも住宅ローンがあるというのはかなりのストレスだ。


 俺は引越した当初、両隣りと向かいの家だけに挨拶に行こうと思って、わざわざお菓子を買って持っていったが、誰も出て来なかった。

 そうか、高級住宅街の人は宅急便以外は出ないのだ、と思った。


 週末に寂しく駐車場を掃いていると、おばあさんが話しかけて来た。

「ここ買ったんですか?」

「はい。江田と申します。よろしくお願いします。」

「ああ、ここねぇ・・・。」

 何か言いたそうだった。

「何かあったんですか?」

「買った後に言っちゃ悪いけど、、、」

「何ですか?」

「ご夫婦が離婚したのよ。」

「あ、そうなんですか。」

 築浅物件あるあるだった。

 家を手放す本当の理由は、ローンが返せなくなったか、離婚の場合が多いのだ。

「旦那さんが浮気して、奥さんがおかしくなって、包丁持って暴れて。

 ちょっと前にパトカーが来てたのよ。」

「あ、そうですか。」

 きれい好きのいい奥さんだっただろうに、と俺はちょっと悲しくなった。


 俺は今の家に住んでいて、子供の声が聞こえる気がすることがある。

 1階から小学校くらいの男の子が「おかあさーん」と呼び、3階からは女の子の声で「おかあさーん」と呼ぶ。甘えたようなかわいい声。

 

 がらんとした2階のリビングからは女の子のピアノの音が聞こえる気がする。

 近所も似たような家族構成だから、幻聴ではない。


 幸せだった頃の家族の亡霊が、今もそこに住んでいるのだ。

 俺の方がその家族に割り込む、得体の知れない亡霊なのだろう。

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