車(おススメ度★)
俺はもう一生車を運転しないかもしれない。
取り返しのつかない死亡事故を起こしてしまったからだ。
30代の頃だった。
俺は尊敬する考古学者、相澤忠洋さんの記念館を訪れるために群馬県に旅行に行っていた。
相澤さんはみんなも知ってると思うけど、岩宿遺跡を発見して日本に旧石器時代があったことを証明した人だ。
俺は県内の遺跡巡りをしたかったから、向こうでレンタカーを借りた。
遺跡があちこちに点在しているのだ。
俺ははっきり言ってペーパーに近かった。
実家に車があるだけで、自分で車を所有したことがなかった。
それでも、運転は普通にできると思っていた。
日が暮れてから田舎道を走っていた時だ。
目の前に急に犬が飛び出して来て、止まったまま動けなくなっていた。
あ!やばい!
俺は慌ててブレーキを踏んだけど、間に合わなかった。
キャン!
という鳴き声と、ドンというぶつかった音がした。
俺は急いで車を止めて降りたけど、犬は見当たらない。
異次元に消えてしまったみたいだった。
周囲を歩き回っても見つからない。
もしかしたら、車に跳ね飛ばされてどこかに飛んで行ってしまったのかもしれない。
俺はパニックを起こしていた。
後ろから車が来たらやばいと思ってそのまま走り去った。
それからずっと震えが止まらなかった。
犬の怯えた目が俺のことをじっと見ていた。
犬を。俺は殺してしまったんだ。
車を運転しながら、もしかしたら車体の下に潜り込んでしまったんじゃないかと気が付いた。
そういえば、車の下を見ていなかった。
もし、そうだったら、他の車に弾かれてぐちゃぐちゃになってしまう。
どうしよう・・・。
でも、引き返す勇気がなかった。
俺はレンタカー屋に予定より早く車を返した。
犬がぶつかった辺りもダメージは見当たらなかったので、レンタカー屋には黙っていた。
もしかしたら、あれは錯覚だったのかもしれない。
俺はそう思いたかったが、それからもずっと目の前に犬がいるように感じてしまうのだった。
布団に入ったが、頭の中で犬の顔がちらちらした。
夜中になってやっと、うとうとしかけると、夢の中で犬が俺に吠え続け、体当たりしてきた。
ぎゃーっ。
俺は悲鳴を上げた。
今でも時々夢に見る。
車のヘッドライトに浮き上がる犬の姿。
あれは赤茶色い犬だった。
毛の短い・・・。
洋犬だ。
黒い目で睨むように俺を見つけている。
ほんの一瞬目が合っただけなのに、その姿がどんどん鮮明になって行く。
もう、20年近くたっているのに、今目の前で起きているかのように、あの時の犬の顔をはっきりと思い出せる。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます