蒸発(おススメ度★)

 俺は東京千代田区に1DKのマンションを所有している(自慢)。

 ローンを払い終えて、さらに一戸建てを買ったので、今は賃貸に回してる。


 俺の部屋の住人はものすごい勢いで入れ替わっている。

 大体1年くらいでみんな引っ越す。

 なぜなのか、わからない。

 別に害虫が大発生しているとか、日当たりがないとか、騒音がひどいなんてことはない。


 入居者が変わるたびに礼金2か月が入ってくるから別にいいんだが。

 なぜなのかやっぱり気になる。

 やはり、入居者で自殺した方がいるから、不穏なオーラがただよっているのだろうか。


 しかし、場所がいいからか、空室の時期がない。

 退去予定のうちから広告を打ってもらって、部屋を見ずに決めてもらうのだ。

 人気のあるエリアの物件は足が速い。

 そんなわけで俺は大家さんとしては相当恵まれた方だと思う。


 しかし、数年前に入居者にちょっとしたトラブルがあった。

 その人が、なぜかいきなり蒸発してしまったのだ。

 携帯や貴重品などはすべて部屋に置きっぱなしで、体一つでいなくなったそうだ。

 

 東京のど真ん中で神隠しにあったのではないかと、俺はワクワクした。

 住んでいたのは某私立大学の大学院生。

 大学生なら7万円くらいの所を借りるのが普通だと思うけど、俺のところは9万だったから親は金持ちなんだろうと思う。

 地方で会社をやっている人だった。

 

 保証人だった両親に荷物の引き取りを頼んだらすぐに取りに来たそうだ。

 払うものはちゃんと払ってくれたし、俺としては親に同情するだけだ。

 管理会社が対応したから、俺は会ってないけど。


 親はすぐ捜索願を出したそうだが、本人は見つからなかった。

 管理会社から聞いた話だと、携帯は持って行かなかったのに、蒸発する数日前に多額の現金を下ろしていることがわかったそうだ。

 もしかしたら、犯罪に巻き込まれてしまったのではないかと親は不安がっていたようだ。

 

 俺の予測は、宗教団体に入信したんじゃないか、というものだった。発見されないのは、その団体のもとに身を寄せているからだ。


 携帯を置いて行ったのは、家族に見つからないようにするためだ。

 もしくは、宗教団体に誘拐されたんだ。

 

 一つ気になるのは、電気を消して鍵をかけて出ていることだ。

 誘拐だったらたぶん鍵をかける暇もないだろう・・・。

 いや、鍵を閉めろと脅迫されたんだろうか。


 俺は部外者なのに、どういうトリックなのかとたまに想像を巡らせて楽しんでいた。

 

『A君が部屋で1人で寝ていると、深夜、窓の外に突然目が眩むほどの光りの塊が出現した。

 カーテンを閉めていても、部屋が明るくなるほどだった。

 A君は何かと思ってベランダに出てみると、そこには蛍光灯を100億倍したような光輝く物体があった。

 A君は強力な力で引きずり込まれて、そのまま意識を失った、、、』

 

 さて、皆さんはこの物語の結末はどうなったと思うだろうか。

 現実はSFのようにドラマチックではない。

 ただ、やり場のない苦悩に満ちているだけだ。


 A君は、少々鬱病を患っていた。

 A君は人文系の大学院に通っており、

 大学教授になるのが子供の頃からの夢だったそうだ。

 だが、いくら努力しても難しい。

 やっぱり東大じゃないと無理だ。

 有名大学の院卒でも、大手企業に入るのは年齢的に困難だったと思う。

 

 いくら実家が金持ちと言えど、将来に不安を感じていたのだろう。

 そのストレスに耐えられなくなって、遁走。

 解離性遁走かいりせいとんそうというらしい。


 彼は、関西の山奥で発見されたそうだ。


 人の別荘に勝手に入り込んで住んでいたそうだ。

 その時は自分が都内の大学院生だというのを完全に忘れてしまっていた。


 しかし、近所に買い物に行ったり、地元の人と話したりして普通に暮らしていたそうだ。


 そのまま、半年くらいその生活を続けていたが、別荘のオーナーが近所の人から、「お宅の別荘に誰か住んでますよ」と知らされて、警察を連れて見に行ったのだった。


 A君はその後実家に戻ったそうだが、またいなくなったということだった。

 警察が管理会社に聞きに来てわかった。

 A君が逃げたかったのは両親からだったのかもしれない。

 

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