ベビーベッド(おススメ度★)

 俺は彼女いない歴年齢だけど、出会いは普通にある。

 既婚者の人にとっては驚くほど多いかもしれない。

 と、言っても結婚に至っていないのだから、自慢にはならないけど。


 誰も聞いてないけど、好きなタイプは色っぽくて陰のある人。

 和服が似合って、小料理屋を一人でやってる女将さんみたいなのが好き。

 だからと言って、酒を飲めないので小料理屋になんか行けない。


 もし、結婚したら、夕飯は品数がいっぱい出て来て、どれも旨いとかそういうのが理想。

 俺は家のことは一切やらなくてよくて、家帰ったら風呂も晩飯も準備できているような・・・いかにも昭和な人がいい。


 五年くらい前に、いい女に出会った。

 しっとりとした和風美女だった。

 とにかく上品できれいで、何となく大物のお妾さんという雰囲気だ。

(そんな人が平成に生きているのが不思議なほどだった)


 出会ったのも、お座敷だった。

 相手は芸者さん。

 その時は、取引先の社長さんが接待で招いてくれたので、俺はタダで貴重な経験ができた。


 俺はその人をすごく気に入ってしまったけど、年収1000万くらいでは芸者に入れあげることなんか無理。

 芸者遊びは1人で行くと1回10万くらいするみたい。 

 年収1000万というと、月の手取りは60-65万くらいしかないのだ。

 意外と少ない。


 また会いたかったけど、無理だから、ダメもとで名刺を渡しといた。


 そしたら、翌日お礼のメールが届いた。

 会社に。

「あ、やばい」と思って、個人のメールで返信した。


「また、どうぞおいでください」と書いてあったけど、俺は正直に「私は普通のサラリーマンなので、お座敷遊びを自腹でやるのはちょっと無理です。でも、今もあなたのことが忘れられません。とても残念ですが、この気持ちは心の中にしまっておきます。ありがとう。いつか、また、お会いできるように仕事をもっと頑張ります」等々と書いて送った。


 すると、あちらからメールが届いた。

「お座敷ですと着物を着て化粧してますから、お金のかかる女と思うでしょうが、私も普段は普通の女です。そんな風に思わないでくださいね」

 と、書いてあった。俺は居ても立ってもたまらずにすぐに食事に誘った。

 変な風に思われないように昼にデート。

 その人を水商売の人じゃなくて、普通の女性として扱うようにした。

 その方が喜ぶかと思って。


 色々お互いの身の上を話していて、その人は俺より三歳年下で実家が置屋だったそう。

 今時何で芸者になったのかと思ったらそういうことか。

 今まで未婚で、仕事柄、彼氏というのがいたことはないそうだ。

 結婚してみたいけど、もう子供は無理だから・・・、ということだった。

 俺は子供いなくてよかったから、そう言ったら向こうも嬉しそうだった。


 そうやって毎週会って、一月後に彼女の家に招かれた。

 夕飯をご馳走したいということだった。


 俺はもしかしたらこの人と結婚するかもと思った。

 でも、俺の給料じゃ足りないだろうな、と不安にもなった。

 彼女はタワーマンションの中層階に住んでた。

 タワマンの1LDK。中層階でも高いと思う。

 車はBMWだそうだ。

 ふと、自分で買ったのかなという気もした。


 手作りの夕飯をご馳走になったけど、本当にうまかった。

(途中省略)。

 さて、いよいよ俺たちは盛り上がって、彼女の寝室になだれ込んだ。


 すると、そこにはキングサイズくらいある大きなベッドがあった。

 ここで1人では寝ないだろうと、俺は正直呆れた。


 それより、なぜかベッドの隣にベビーベッドが置いてあった。

 木製のけっこう大きいやつ。

 姪が赤ちゃんの頃、使ってたような本格的なものだった。

 しかも、天井からはメリーがぶら下がってる。

 傘みたいなのが2段になっていて、真ん中にぷーさんがはまっている。

 赤ちゃんが見て喜ぶやつだ。


 あれ、子供いないはずなのに。何で?


 俺は気味が悪くなった。

 ベビーベッドにはきれいに布団が掛けてあって、恐る恐る顔を覗いたら、赤ん坊が寝てる。

 おれはギョッとして心臓止まりそうになった。

 え?赤ん坊が息をしてない・・・。


 よく見たら、それは、リアルな赤ちゃんの人形だった。

 よくできていたので本物の赤ちゃんだと錯覚したのだ。


 さらに、寝室のローキャビネットの上には小さな水子の位牌がいくつか置いてあった。

 俺は言葉を失った。


「あ、子供産んだことあるの?」

 俺の声は震えていた。

「ないの。でも、何回も堕ろしてしまったから、かわいそうで。そのたびにお位牌を作ってるの」

「こんなに何回も?」

「うん。私、二十歳くらいから、ずっとある会社の社長さんの愛人で、何回も中絶してるの。ごめんね。黙ってて」

 女は泣きながら言った。

「いや・・・別に。謝ることじゃないよ」

「でも、本当は産みたかったの」

「そう」

「でも、あちらの奥さんが許してくれなくて・・・」

「そう・・・。」

 俺は何て言っていいかわからなかった。

 やっぱり訳アリのひとだったんだな。

 

 その寝室を見て一気に覚めました。

 あちらは、俺みたいな独身で誠実なサラリーマンと人生をやり直したいと思ってたみたい。

 社長さんはもう年で、そろそろ別れようということになっていたそう。


 俺たちはそのまま自然消滅しました。

 もったいないかな。でも、あの位牌とベビーベッドをみんな俺の家に持ってくると思うと、足がすくみました。

 ベビーベッドは何だったんだろう。

 それに赤ちゃんの人形は?

 聞けなかった。


 今、彼女が幸せになっていることを祈ります。

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