預金(おススメ度★)
会社に勤めてると色んなことがある。
事件を起こす人、病気になる人、亡くなる人、精神を病む人、等々だ。
ある社員Aさんがかなり重い病気で休職した。
回復せずにそのまま退職。
亡くなったと聞いたのは、退職して三年後くらいだったと思う。
その話を知った時、会社の同僚の人のうち何人かは泣いてた。
慕われてた人みたいだった。
まだ亡くなるような年でもないので俺も聞いてて辛かった。
それから、どれくらい経ってからかわからないけど、Aさんの奥さんから電話がかかって来た。
奥さんが言うには、旦那さんが社内預金をやっていたのに、それをまだ受け取っていないということだった。
人事に聞いたらそんなのやってないし、そんな制度もないということだった。
そりゃそうだ。俺も知らないし。
奥さんは給料のうち何割かを貯蓄してたはずだと言う。
じゃあ、個人でやってたんじゃないですかと言ったけど、いや会社でやってたと本人がちらっと言っていたということだった。
過去の給与データを調べてもらったけど、給料は社内貯金が引かれることなく、ちゃんと振り込まれていた。
あ、きっと女がいたんだ、と俺は思った。
俺以外の人もそう思っただろう。
それか、へそくりを貯めて好きなことに使っていたか。
奥さんは色んな銀行に問合わせてAさん名義の預金がないか調べたみたいだけど、結局出て来なかったそうだ。
すると、奥さんは、社内の人が主人から個人的に預かっているんじゃないかと言い出した。
「じゃあ、聞いてみます」と俺は言って、社内の人みんなに聞いて回ったけど、誰も知らなかった。
結局、俺は奥さんに「旦那さんから給料をいくら渡されていたんですか?」と聞いてみた。そしたら、小遣いとして数万円を引いてほとんど全額渡してもらっていたそう。
どこに社内預金をする余地があるのか・・・飲まず食わずならできるかもしれないけど。
「給料以外のボーナスなどは支給されていないので、社内預金はやっていなかったと思いますが」
俺は言った。
そしたら、奥さんは恥ずかしそうに「あ、そうですか~。う~ん」と唸っていた。
最終的にわかったのは、奥さんが旦那さんの死を受け入れられなくて、気を紛らわせるために会社に預金があったはず、と思いこんでしまったんだということだった。
それっきり奥さんから電話はかかって来なかった。
俺は申し訳ないことをしたと思った。
もし、社内預金がどこにあるかわからなかったら、奥さんはずっと失われた何かを探し続けられたかもしれない。
奥さんは以前の電話で、旦那さんの病気が見つかって以降は「短かったけどすごく密度の濃い時間を過ごしました」と言っていた。
関係が深ければ深いほど、死を受け入れるのに時間がかかる。
当然だ。
本当に申し訳ないけど、俺がその夫婦の物語を終わらせてしまったのだ。
ごめんなさい。
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