本が生まれた

 とうとう私は本を生んでしまった。

 妊娠検査で、おなかにいる生物が人間というより冊子の外側っぽい形をしているとわかった時点で、覚悟はしていた。

 いざ生んでみると、本当にリアクションに困る。

 人間じゃないからまず泣かないし、本としても真っ黒な表紙だけで、活字などひとつもない。


 仕方なく表紙を家へ連れて帰り、そのまま子育て、もとい本育てが始まった。

 旦那も聞き分けの悪い赤ちゃんよりはマシかと割り切った様子で、本育てを手伝ってくれた。


 本はやがてみるみる成長していき、一枚ずつページを生やすようになった。

 そこには少しずつ言葉が記されていく。

 本は着実に言葉と意味を認識しては、忘れないようにページへ刻み込んでいたのだ。


 そんな生活を繰り返して22年。

 大人になった本は何百ものページをたくわえ、立派になった。

 表紙には堂々とした文字で「広辞苑」と刻まれている。

 独り立ちした本の就職先は、家の近くにある市立図書館だ。

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