第24話 適正

アレトとアイは、セレスティアの案内で星天職能所の奥へと進んだ。

アイは、アレトの様子を気にしながらも、星天職能所の内装について説明を始めた。

「アレト様、この星天職能所の内装にはとても興味深い歴史があるんです」

アイは静かに話し始めた。

「まず、天井をご覧ください」

アレトが顔を上げると、そこには壮大な星空が広がっていた。無数の星々が瞬き、時折流れ星が横切る。

「この天井は、1000年前に初代ギルドマスターであるアストリウス・スターフォージが作ったものです。彼は星読みの術に長けていて、この天井は実際の星空と連動しているんです」

アイは壁に目を向けた。そこには、様々な職業の偉人たちの肖像画が飾られていた。

「これらの肖像画は、各時代を代表する職人たちです。例えば、あそこにいるのは500年前の伝説の錬金術師、エリクサー・ゴールドハンドです。彼の作った不死の霊薬は今でも語り継がれています」

床に目を向けると、そこには複雑な模様が描かれていた。

「この床の模様は、実は魔法の回路になっています。300年前、魔道具師のルナ・アークライトが設計したもので、この部屋全体に魔力を巡らせ、求職者と職業のマッチングを助ける働きがあるそうです」

アイは受付カウンターの方を指さした。

「あのカウンターは、150年前に作られたものです。ドワーフの名工、サーガ・アイアンハートの作品で、どんな武器でも傷つかない特殊な金属で作られています。当時は、熱くなった求職者同士の喧嘩が絶えなかったそうで...」

アイは少し微笑んで付け加えた。

「今ではそんなこともありませんが、歴史の名残として大切に使われています」

最後に、アイは部屋の中央にある大きな水晶球に注目した。

「そして、これが星天職能所の中心、『運命の水晶球』です。50年前に現ギルドマスターが設置したもので、求職者の適性を見極める力があるといわれています」

アイの説明が終わる頃には、アレトの表情にもわずかながら興味の色が浮かんでいた。しかし、すぐに現実に引き戻されたかのように、再び肩を落とした。

この歴史ある場所で、様々な人々が自分の未来を探している。その中で、アレトは自分の無力さを感じずにはいられなかった。


セレスティアは優雅な仕草で二人を小さな部屋へと導いた。

「さあ、こちらにお座りください」

セレスティアは柔らかな声で言った。

アレトが目にしたのは、一見すると普通の木製の机と椅子だった。しかし、よく見ると、その机は淡く光を放っており、表面には複雑な紋様が刻まれていた。

「わっ」

アレトは思わず声を上げた。

アイはすぐさま説明を始めた。

「アレト様、これは『星霊の机』と呼ばれる非常に珍しい魔法の家具です。200年以上前に作られた伝説級のアイテムで、世界中でもわずか5つしか存在しないと言われています」

セレスティアは目を丸くして、軽く手を叩いた。

「まあ!よくご存じですわね。ふふっ、この子ったら♪」

彼女の声には軽やかな抑揚があり、話すたびに首を少し傾げる仕草が特徴的だった。

アイは続けた。

「この机は、座る人の潜在能力を引き出し、最適な職業を示唆する力があるとされています」

「そうそう!」

セレスティアは片手を軽く胸元に当て、もう片方の手で優雅に机を指し示した。

「この机に触れると、時々ふわっとした感覚になるの。それがこの子の魔法が働いている証なのよ」

アレトは驚きと戸惑いの表情で机を見つめていた。

セレスティアは首を傾げ、クスリと笑った。

「あら、怖がることはないわよ。痛くも痒くもしないから。ただ、ちょっとくすぐったいかもね」

アイは更に詳しく説明を加えた。

「この机を作ったのは、伝説の家具職人エルドリッチ・ウィスパーウッドです。彼は星の力を木に宿らせる特殊な技術を持っていたと...」

「あらあら」

セレスティアは、軽く手を振りながら笑った。

「本当によくご存知で。私たち職員でさえ、そこまで詳しくは知らないのに。あなた、もしかして『知識の泉』の血を引いているのかしら?」

アイは謙遜するように首を振った。

「いいえ、ただの基本的な知識です」

セレスティアは目を細め、にっこりと笑った。

「謙遜しなくてもいいのよ。そんな知識、基本なんかじゃないわ」

アレトは二人のやり取りを聞きながら、複雑な表情を浮かべていた。この不思議な机が、自分の未来を決めるかもしれないと思うと、期待と不安が入り混じった気持ちになった。

セレスティアは長い銀髪を優雅に後ろで束ね、紫水晶のような瞳で二人を見つめていた。彼女は星空を思わせる深い青の制服を着ており、胸元の七芒星の紋章が輝いていた。

セレスティアはアイの整った容姿と豊富な知識に目を輝かせ、突然声のトーンを上げた。

「あら、あなた!ここで働いてみる気はないかしら?」

彼女は手を軽く叩きながら続けた。

「そんな知識と美しさを持っているなんて、まさに星に選ばれし者よ!」

アイは丁寧に頭を下げ、優しく微笑んだ。

「ご厚意には感謝いたしますが、申し訳ありません。私はアレト様のサポートをすることが使命ですので」

セレスティアは少し残念そうな表情を浮かべたが、すぐに明るい笑顔に戻った。

「そう、残念ね。でも、アレト君の職探しをお手伝いする中で、考えを変えてくれるかもしれないわ」

彼女はアレトに向き直り、優しく尋ねた。

「さて、アレト君。あなたはどんな仕事がしたいの?」

アレトはこれまでの会話を聞きながら、複雑な心境に陥っていた。アイの豊富な知識と能力を改めて認識し、自分との差を痛感していた。しかし同時に、アイが自分のためにその申し出を断ったことに、感謝と責任感も感じていた。

(アイはこんなにすごいのに、俺のためにここにいてくれる...)

アレトは自分の無力さを感じつつも、アイの存在が心強く感じられた。そして、セレスティアとアイのやりとりを見て、自分も何かできることがあるはずだと、少しずつ前を向く勇気が湧いてきた。

(俺にも...きっと何かできることがあるはずだ)

アレトは深呼吸をし、セレスティアの質問に答えた。

「僕は...お金を稼ぎたいです」

彼の声には、わずかながらも決意が込められていた。

「でも、まだ何ができるかわからなくて...」

と付け加えながらも、アレトの目には以前よりも強い光が宿っていた。

セレスティアは優しく微笑んで言った。

「そうね、まずはあなたの適性を見てみましょう。その前に、少し詳しく聞かせてくれるかしら?何か得意なこと、今までの経験を教えてくれる?」

アレトは少し躊躇いながらも、カボタ村での日々を思い出しながら話し始めた。

「僕は...カボタ村で育ちました。そこで両親の手伝いをしていて...父は農夫で、母は道具屋を営んでいました」

アレトは目を伏せながら続けた。

「畑仕事を手伝ったり、道具屋で色んな道具の修理を見たりしていました。特に、道具の種類や使い方には詳しくなりました」

セレスティアは熱心に聞きながら、時折頷いていた。アレトが話し終えると、彼女は机に軽く手を置いた。机が淡く光る。

「なるほど...」

セレスティアは目を細めて言った。

「あなたの適性を見る限り、道具屋か農夫の素質がありそうね」

アレトは少し驚いた表情を見せた。

セレスティアは説明を続けた。

「まず、道具屋の仕事について詳しく説明するわ」

彼女は指を折りながら話し始めた。

「道具屋の主な仕事は、様々な道具の販売、修理、時には製作も行います。冒険者向けの装備や、日常生活で使う道具まで幅広く扱います。特に重要なのは、魔法の道具を扱う技術よ。魔法が込められた道具の修理や調整は高度な技術が必要で、それだけ需要も高いの」

「一方、農夫の仕事は...」

セレスティアは別の方向から説明を始めた。

「単に作物を育てるだけじゃないわ。この世界では、魔力を含んだ特殊な作物の栽培が重要なの。例えば、魔法薬の原料となる薬草や、魔力を増幅させる果実など。これらの栽培には特別な知識と技術が必要で、優秀な農夫は錬金術師や魔法使いからも重宝されるのよ」

アレトは真剣な表情で聞いていた。

「そして、試験についてだけど...」

セレスティアは少し声を落として続けた。

「道具屋の試験は、基本的な道具の知識を問う筆記試験と、実際に簡単な道具を修理する実技試験があるわ。農夫の方は、土壌や植物の知識を問う筆記試験と、実際に小さな畑で作物を育てる実技試験があるの。どちらも3ヶ月の準備期間があって、その間に必要な知識や技術を学ぶことができるわ」

セレスティアはアレトの反応を見守りながら、

「どちらの道も素晴らしい可能性を秘めているわ。あなたならきっとどちらでも成功できると思うわ」

と励ましの言葉を添えた。

セレスティアは少し首を傾げ、付け加えた。

「ただし、これは昨年の情報よ。毎年試験官が変わるから、細かい内容は変わる可能性があるわ。基本的な流れは変わらないけど、今年はどうなるかまだわからないの」

彼女は明るく笑って言った。

「それじゃ、実際に運命の水晶球で判断してみましょう」

アレトは恐る恐る、部屋の中央にある大きな水晶球に手を触れた。これは50年前に現ギルドマスターが設置した「運命の水晶球」だとアイが説明していたものだ。

途端に、不思議な感覚が全身を包み込んだ。

まるで星空に浮かんでいるような感覚。無数の光の粒子が周りを漂い、アレトの体を通り抜けていく。時間の概念が曖昧になり、過去と未来が交錯するような不思議な感覚。アレトの目の前に、様々な職業の幻影が次々と現れては消えていく。

そして突然、全ての光が一点に集中し、まばゆい光となって爆発した。

「おや」

セレスティアの声が遠くから聞こえてくる。

「あなたの適性は...道具屋のようね」

その瞬間、アレトの視界の端にあるUIに異変が起きた。今までモヤがかかっていたクエスト欄が、突如として鮮明になり、様々な項目が現れ始めた。


[新規クエスト:

失われた魔法の道具を探す (推奨レベル: 3)

村人の壊れた農具を修理する (推奨レベル: 1)

薬草師のために珍しいハーブを採取する (推奨レベル: 2)

街はずれの洞窟に潜むゴブリンを退治する (推奨レベル: 4)

一人前の道具屋になる (推奨レベル: 15)

??? (推奨レベル: ???)

]


アレトは驚きのあまり、思わず声を上げそうになるのを必死に押さえ込んだ。

(なんだ...これは...?クエストが...増えた?しかも、レベルまで表示されている...)

彼の頭の中で様々な考えが駆け巡る。このUIの変化と道具屋の適性判定は関係しているのか?これらのクエストをこなすことで、自分は強くなれるのか?そして、「一人前の道具屋になる」というクエストのレベルの高さに、アレトは少し気後れしながらも、新たな目標を見出した気がした。最後の謎のクエストの存在も、彼の好奇心をくすぐった。

アレトは興奮と不安が入り混じった複雑な表情で、目の前の水晶球を見つめていた。

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