第22話 ラーマ市街
アレトとアイが「聖なる癒しの館」を出ると、ラーマ市街の活気あふれる光景が二人を迎えた。早朝に到着した時には薄暗く、ほとんど何も見えなかった街の詳細が、今や朝日の下で鮮やかに浮かび上がっていた。
「ずいぶん違って見えるな」
アレトは感慨深げに呟いた。
「さっきまで薄暗くて、ほとんど何も見えなかったもんな」
石畳の道が迷路のように広がり、その両側には様々な建物が立ち並んでいた。アレトは息を呑んだ。
「すごい...こんな街、見たことがない」
目の前に広がる景色は、まるで絵本から飛び出してきたかのようだった。道路に沿って立ち並ぶ建物は、赤茶色の瓦屋根と白い漆喰の壁が特徴的で、木製の梁が美しい装飾を施していた。窓には色とりどりのステンドグラスがはめ込まれ、朝日を受けて幻想的な光を放っている。
「アレト様、あれをご覧ください」
アイが指さす先には、街の中心に聳え立つ巨大な時計塔があった。青銅でできた複雑な歯車の装飾が施され、その頂上には金色の風見鶏が風を受けて優雅に回転している。
「すごいな...あれは何なんだ?」
アレトが感嘆の声を上げると、アイは詳しく説明を始めた。
「あれは『永久の時計塔』と呼ばれる、この街のシンボルです。500年以上前に建てられたと言われています」
「500年も!?」
「はい。この時計塔には興味深い歴史があるんです。元々は、時を司る古代の魔法使いが自らの研究のために建てたと言われています」
アイは時計塔の細部を指さしながら続けた。
「見てください。あの複雑な歯車の装飾は、単なる飾りではありません。実は魔法の回路になっていて、時の流れそのものを制御しているんです」
アレトは目を見開いた。
「時を制御?そんなことができるのか?」
「ええ。でも、その力はあまりに強大すぎて、魔法使いは自身の魔力で制御しきれなくなってしまったそうです。そこで、塔全体を封印し、自らもその中に閉じこもったと言われています」
「じゃあ、今でもその魔法使いが中にいるってこと?」
アイは首を傾げた。
「それは分かりません。ただ、興味深いことに、この時計塔は今でもダンジョンとして機能しているんです」
「ダンジョン?」
「はい。時計塔の内部は、時空が歪んだ不思議な迷宮になっていると言われています。冒険者たちは、その中に眠る財宝や魔法のアイテムを求めて挑戦するのですが、塔の中では時間の流れが外と異なるため、非常に危険なんです」
アレトは時計塔を見上げ、その荘厳さと神秘性に改めて圧倒された。
「へえ...ただの時計塔じゃないんだな。きっと中はもっとすごいんだろうな」
「そうですね。でも、アレト様。あまり軽々しく近づかない方がいいですよ。時計塔の周りには強力な結界が張られていて、許可なく入ろうとすると大変なことになります」
アレトは苦笑いしながら頷いた。
「分かってる。まだまだ俺には早すぎるよな」
二人は、荘厳な時計塔を見上げながらしばらく立ち尽くしていた。その姿は、街の喧騒の中で不変の存在感を放っていた。
「まるで...ゲームの中にいるみたいだ」
アレトは呟いた。どこか見覚えのある風景に、不思議な既視感を覚える。
通りには、様々な種族の人々が行き交っていた。人間はもちろん、長い耳を持つエルフ、がっしりとした体格のドワーフ、そして獣人のような特徴を持つ種族まで。その多様性に、アレトは目を見張った。
露店が軒を連ねる市場では、色とりどりの果物や野菜、見たこともない魔法の道具が並べられていた。香辛料の香りが漂い、どこからともなく聞こえてくる笛の音色が雰囲気を盛り上げている。
「アイ、この街のこと、何か知ってる?」
アレトが尋ねると、アイは少し考えてから答えた。
「はい、基本的な情報は把握しています。例えば、中央広場の北側に大きな市場があり、南側には冒険者ギルドがあります。東の地区は貴族の邸宅が多く、西側は職人街になっています」
アレトは驚いて振り返った。
「へえ、詳しいんだな。他にも何か知ってる?」
「ええ、各店舗の場所や取り扱い商品、さらには街の歴史まで把握しています。何か具体的にお知りになりたいことはありますか?」
アレトは感心しながらも、少し複雑な表情を浮かべた。
「なんだか、全部お前に聞けば済んじゃいそうだな...」
そう話しているうちに、通りの向こうから香ばしい匂いが漂ってきた。
「うわ、なんていい匂いだ...」
アレトは思わず足を止め、匂いのする方向を見た。そこには、こんがりと焼けた肉を串に刺した屋台があった。
「アイ、あれ食べてみたいな」
アレトが屋台に近づこうとしたとき、彼は重要なことに気がついた。
「あ...」
「どうされました、アレト様?」
「俺たち、お金持ってないんじゃ...」
アレトは苦笑いを浮かべながら、アイの方を向いた。
「アイ、もしかして何かお金とか持ってない?」
アイは申し訳なさそうに首を振った。
「申し訳ありません。私には金銭を所持する機能がありません」
「そっか...じゃあ、何か売れそうなアイテムとかは?」
「私が所持しているのは、極めて貴重なアイテムばかりです。それらを売却することは推奨されません」
アレトはため息をついた。
「やっぱりか...ってことは、これからお金を稼がないといけないってことだな」
アレトは屋台の方をもう一度見やり、残念そうに肩を落とした。
「美味しそうだったのに...」
「アレト様、お金を稼ぐ方法はいくつかあります。冒険者ギルドで依頼を受けるのが一般的ですが、他にも街の仕事を手伝ったり、自分のスキルを活かした商売を始めるのも良いでしょう」
アイの提案を聞きながら、アレトは考え込んだ。
「そうだな...じゃあ、まずは冒険者ギルドに行ってみようか。どっちの方向だったっけ?」
「中央広場の南側です。私が案内いたしましょう」
アイがそう言って歩き出すと、アレトもその後に続いた。美味しそうな屋台の匂いを後にした。
アレトは中央広場を歩きながら、不安と期待が入り混じった複雑な思いを抱いていた。
「冒険者ギルド...か」
その言葉を口にしながら、アレトの心の中で様々な疑問が渦巻いていた。
(俺のクラスは『農民の子供』だ。こんなクラスで冒険者になれるのだろうか?)
アレトは自分の手を見つめた。カボタ村で道具屋の手伝いをしていた手は、確かに少しは器用だったが、冒険者のような強靭さはなかった。
「アイ、この世界の人々って、みんな固有のクラスを持っているのか?」
アイは少し考えてから答えた。
「はい、その通りです。この世界の住民は、生まれた時から固有のクラスが決まっています。そして、そのクラスによって将来の職業もある程度決まってしまいます」
アレトは眉をひそめた。
「じゃあ、俺のクラスが『農民の子供』なら...」
「おそらく、農業か関連する職業に就くことになるでしょう。ただ、アレト様の場合は道具屋の経験もありますから、そちらの道も開けているかもしれません」
アレトは少し安堵しつつも、まだ不安が残っていた。
「でも、冒険者になるのは難しいってことか...」
アイは優しく微笑んだ。
「冒険者ギルド...正式名称は『翠風の民ギルド』と言いますが、そこは単なる冒険者のための場所ではありません」
「え?」
「『翠風の民ギルド』は、様々なクラスの人々が集まる場所なのです。冒険者向けのクラスの人はもちろん、商人、職人、そして道具屋のクラスの方々も登録できます」
アレトは驚きの表情を浮かべた。
「そうなのか!でも、俺のクラスは『農民の子供』だぞ?」
「そうですね。ただ、アレト様の場合、道具屋としての経験があります。ギルドでは、その経験を活かして道具屋として登録できる可能性が高いでしょう」
アレトの心に少し希望が灯った。
「そうか...じゃあ、俺にもチャンスがあるかもしれないんだな」
「はい、きっとあります。それに、ギルドに登録することで様々な情報も得られます。この世界のことをもっと知るためにも、行ってみる価値は大いにありますよ」
アレトは深く息を吐き出した。不安はまだ完全には消えていなかったが、新たな決意が芽生えていた。
「よし、行ってみよう。冒険者になれなくても、道具屋として登録できるかもしれない。それに、この世界のことをもっと知る必要があるしな」
アイは嬉しそうに頷いた。
「素晴らしい決断です、アレト様。では、『翠風の民ギルド』へ参りましょう」
二人は歩を進め、やがて大きな建物の前に立った。「翠風の民ギルド」と書かれた看板が、風に揺られていた。
アレトは建物を見上げ、その荘厳さに圧倒されていた。
「すごい建物だな...」
アイはアレトの感嘆の声を聞いて、にっこりと微笑んだ。
「この建物には、長い歴史があるんですよ」
「へえ、そうなのか?」
アレトは興味深そうにアイを見た。
「はい。この『翠風の民ギルド』の建物は、実は300年以上前に建てられたものなんです」
「300年も!?」
「そうなんです。元々は王立図書館として建てられたのですが、100年ほど前に冒険者ギルドに改装されました」
アイは建物の細部を指さしながら説明を続けた。
「見てください、あの柱の彫刻や窓枠の装飾。これらは全て、当時の最高の職人たちによって作られたものです。特に、正面玄関の上にある大きな彫刻は、この国の建国神話を表現しているんですよ」
アレトは目を凝らして彫刻を見た。確かに、龍や勇者、そして神々らしき姿が複雑に絡み合っている。
「へえ...すごいな」
「そして、内部の構造も興味深いんです。図書館だった名残で、天井が高く、大きな書架がそのまま残されています。今でもその書架には、貴重な古文書や魔法書が保管されているそうです」
「図書館から冒険者ギルドか...なんだか不思議な組み合わせだな」
アイは頷いた。
「そうですね。でも、知識と冒険は意外と相性が良いんです。多くの冒険者が、ここで得た知識を元に危険な冒険に挑んでいます」
アレトは感心したように建物を見つめ直した。
「そうか...この建物自体が、歴史と冒険の物語を語っているんだな」
「その通りです、アレト様」
アレトは深呼吸をして、扉に手をかけた。
(さあ、新しい一歩を踏み出すときだ。たとえ冒険者にはなれなくても、この世界で自分の居場所を見つけるんだ)
そう心に言い聞かせながら、アレトは扉を開いた。未知の世界への扉が、今まさに開かれようとしていた。
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