第16話 気の緩み

 アイの息がアレトの耳裏にあたる。


 くすぐったさを感じながらも、邪心を払って進む。


 普段のアイは機械のような振る舞いをしているが、こうして背中に温かさを感じると人間なんだなと思う。


 でも、子供の身体であるアレトが背負っていて不思議なくらい軽い。


 よく、意識の無い人は意識のある時と比べると重たいと言われているがそのことを感じさせない。


 ブノウさんの時は時間をかけながら休憩を挟みつつ引きずるように背負ったから、その分アイの身体は軽く感じる。


 アレトは5分に1回休憩を挟んでいたブノウの時と比べて、30分に1回休憩を挟めれば良い程に効率良く進んでいた。


 ラーマ市街に向かう道中、道具に使えそうなものを物色しながら歩いていた為、道具袋の中は潤っている。


 懸念点があるとすれば…。


 アレトの5メートル先の生い茂った草木が揺れる。



「モンスターか…。」



 アレトの眼前に2体のモンスターを捉えた。


 しかし、幸いなことにこちらには気づいていない様子だった。


 スコクエにもモンスターとエンカウントした時に同じ様なことがあるが、突然襲ってくるシステムみたいに唐突に攻撃されたらそれでゲームオーバーだ。


 モンスターは虫の死骸を食べている様子だった。



「あれは、モズックかな?その隣にいるモンスターは知らないけど…。」



 アレトは鳥型モンスターにスコクエで見覚えがあったが、その隣のハイエナの様なモンスターには見覚えが無かった。



「本当にこの世界はこんがらがるな。スコクエとなんかが混じってるみたいだ。」



 モズックはゲームだと通常攻撃に加えて混乱の状態異常を付与してくるモンスターだった。


 モズック自体、弱いモンスターに分類される為、混乱に陥る前にこちらの通常攻撃で倒す事ができたが、今の俺では不可能に近い。


 例え、戦えたとしても戦闘が長引いて我を失う。


 そうなった時、アイを守ることができない。


 それでも、モズックの行動自体読んで対策を立てることができるからいいが、もう片方のハイエナモンスターは行動が全く読めない。


 迂回して遠回りという案も考えたが、そうなるとアイが危ない。


 まぁ、どちらにしろ危険な選択なのだが。


 幸いなことに、モンスターを目の前にしても『恐怖』は発動していない。


 きっと、向こうがこちらを狩る対象と認識した時に、狩られる側として発動するのだろう。


 もしこちらに気づかれたとしても、モズックは戦闘回避成功率が高かった為振り切ることができるだろう。


 問題はハイエナ型モンスター。


 スコクエ脳で考えると、4足歩行型モンスターは大体戦闘を回避することができないし、向こうが先制攻撃を取る。


 だからこそ、気づかれていない内にどうにかしてやり過ごしたい。



「アイを担ぎつつ、静かにやり過ごす…。」



 モンスター達は、虫の死骸を下品に大きく音をたてながら夢中で食べている。


 アレトは、道具袋から獣臭で鼻が曲がりそうなボアウルフの皮を取り出した。


 モンスター達は匂いにも敏感だと思う、そう感じたアレトはボアウルフの皮をアイにも被せて、モンスターに擬態してやり過ごすことにした。



「■■■■■」



 モンスター達の咀嚼音を横にゆっくり進む。


 自分はあまり呼吸をしない様に心がけているが、アイはそうはいかない。


 アイの呼吸に合わせる様に時々立ち止まってやり過ごす。


 生きている心地がしない。


 モンスター達に生殺与奪の権を握られている気がして、地獄を歩いているんじゃないかと錯覚する。


 気づかれたら終わり、気づかれたら終わり…。


 アレトの頭の中にはそれしかなく、ひたすら生きることだけを考えていた。








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 モンスター達を回避してから1時間程経っただろうか。


 時々立ち止まって後ろを確認しているが、尾行されている気配も無い。


 完全に振り切ったということか。



「…ふぅ。」



 不意に安堵の息が漏れる。


 アレトは、極限の状態でとてつもない集中力を保っていた為、疲労感が溜まっていた。


 それでも、アイを担いでいる腕の力をゆるめようとはせず、手汗でぐしゃぐしゃになってしまった地図を確認する。



「ラーマ市街もあと少しだと思うんだけど、ここらにラーマ市街の案内板があるはずなんだよな。」



 アレトが言う案内板、これはラーマ市街にたどり着くための一つの指標になっており、ゴールも近いことを意味する。



「少し休憩するか。」



 アレトは気持ちを切り替える為、足を休めることにした。


 アイを起こさない様に柔らかい地面に布を展開して横たわらせる。


 相変わらず、アイの身体は軽いが子供らしからぬ胸の大きさ、それをたまに不可抗力無く触ってしまうこともあって動悸が止まらなくなる。



「まだまだ伸びしろがあるってことか…。一体どこまで成長してしまうんだ…。」



 アレトがバカみたいにアイの胸を考えながら成長を考えていた。


 なぜこの時、気が緩まっていたのか分からない。


 4足歩行のモンスター、ハイエナ型モンスターが唐突に現れ、アイを一瞬で連れ去ってしまった。



 アレトは一瞬で起きたことを理解できず、その場で固まっていた。



 アイが奪われた。

 

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