第14話 剣の舞

「モード『sord』」



 アイが言い放った言葉は、アイの手の中で白銀の剣へと具現化する。



「アレト様はそこでじっとしていてください。」



 アイは少し微笑みながらそう言うと、モンキーゴブリンの群れの真ん中で剣の舞を踊るかの様に白銀の剣を振う。


 モンキーゴブリンの首がシャワーの様に辺りの森林に降り始めた。


 そんな光景を見ながらも、アレトの心の中からは恐怖が消えていた。


 アイが助けに来てくれた。アイの声だと分かっただけで助かったと思った。


 そして、アイの微笑み。


 童顔のアイの微笑みにはあどけなさがあった。


 アイが明確に表情を変えたことは今までに無かった。


 俺のことを少しでも安心させようと、アイ自身も頑張ったのかもしれないし、それ以上に成長しているんだと思う。



「ーーー。」



 アレトはその場でアイの剣の舞を見続けていた。


 アイの白銀の剣が赤黒い血に染まっていく。


 舞の演目が進むにつれて、あたりにモンキーゴブリンの死体の山が連なり、周辺の草木は赤黒く化粧をされていく。



「ーーー。」



 アレトは赤黒く染まった草木、モンキーゴブリンの群れの中で一人戦うアイの姿を見て、無力感に打ちひしがれていた。


 この状況を作り出してしまったのは自分。


 アイが危険な目に遭ってしまっている原因も自分。


 全部、自分の独りよがりのの判断で招いてしまった現実。


 自身のモブキャラであるという宿命に抗うことができなかったが故に、アイが命を賭す戦いに出る状況を作ってしまった。


 俺が『農民の子供』でなければ、俺がモブキャラでなければ、『恐怖』というスキルを発動させずに奴等に一矢報いることができた。


 いや、それは言い訳だな。


 アレト・サクリフ、俺は俺自身に芽生えた恐怖を飼い慣らすことができなかった。


 それが今、アレトが動けずにいる状態を物語っていた。


 敗北者の様に。






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 交戦が始まってから30分程過ぎただろうか。


 おおよそ、200体以上はモンキーゴブリンを討伐していると思う。


 それでも、モンキーゴブリンの群れは減らない。


 アイは依然と、減らないモンキーゴブリンの群れと交戦を機している。


 アイはアクロバティックな動きで、全方位からの攻撃を避け、目にも留まらぬ速さで白銀の剣を振るっている。


 そろそろ、アイの消耗具合が気になるところだ。


 いくらアイだって、ずっと戦えるわけではない。


 中身はAIだが、身体は人間そのものだし、もっと言えば子供の身体だ。


 子供の身体にそぐわない、大きなものがついているとは言え、女の子なんだから身体の負担は大きいはずだ。


 なんとかして、アイの援護に回りたいけどどうすれば…。



「■■■■■ーーー!」



 アイが戦っている最中、その先の洞窟の中から悍ましい雄叫びが聞こえてくる。


 それは暗闇の洞窟からモンキーゴブリンの群れをお構いなしにアイへと一気に突進してきた。


 アイは突進してきたモンスターに慌てることなく冷静に躱すと、それはそのまま大木にぶつかり、大木がその衝撃で折れると共に、それの勢いは遅まった。


 それは、モンキーゴブリンの獣臭よりも更に酷い匂いを発した、頭部が猪で体は狼の様なモンスターだった。


 そのモンスターは、直前まで人肉を食べていたかの様に、悍ましい歯茎に人の衣類や肉が詰まっており、発達した腕の先の爪は黒く血塗られていた。


 そんな容姿をしているモンスターに、アレトはモブキャラの所持スキル『恐怖』を発動させてしまい、気が引けてしまった。


 しかし、アレトにはこのモンスターに既視感があった。



「こいつは…ボアウルフ!スコクエで見た敵だ!」



 アレトにはそのモンスターに見覚えがあった。立体的に見るのは初めてだが、2次元で慣れ親しんだモンスターは正しくボアウルフと呼ばれるモンスターの姿形だった。



「やっぱり、この世界はスコクエの世界なのか?リアルで見るとこんなに悍ましいモンスターだったなんて…。」



 アレトは、有名人にあったかの様に少し感動していると、ボアウルフは体制を立て直して再びアイに突進していく。



「■■■■■ーーー!」



 ボアウルフの雄叫びがアレトの内臓に響き渡る。


 アイはモンキーゴブリンの怒涛の攻撃をいなしながら、ボアウルフの突進をアクロバティックに回避する。



「す…すごい。あんな早い突進を避けるなんて…。」


「お褒めの言葉ありがとうございます。」


「■■■!!!!■■ーーー!」


「アイ!こっちのことはいいから前見て!来てるよ!!」



 アイは俺の言葉の一つ一つに丁寧に返してくる。それが、どんな状況だろうとも。


 実際、モンキーゴブリンを八つ裂きにしたと思ったら、急に此方を向いてお辞儀してきた。


 アイの表情は少し柔らかくなっていた。


 でも、そんなアイの後ろからは血気盛んなモンキーゴブリンと、走る機関車の如くボアウルフが突っ込んできていたので気が気でなかった。



「■■■!!!!■■ーーー!」


「■■■■■ーーー!」


「五月蝿い害虫共ですね。」



 アイがそう言った間もなく、モンキーゴブリン、ボアウルフが一瞬にして肉塊と化し消滅した。


 見えなかった。


 アレトは、アイの攻撃が全く見えなかった。


 アイは戦闘の最中レベルアップを繰り返し、身体能力が大幅に上がっていた。



「アレト様、戦闘終了です。お怪我はありませんでしたか?」


「…、ああ、こっちは大丈夫。アイこそ大丈夫なの?」


「私は問題ありません。先の戦闘での負傷はありませんし、大幅にレベルアップしたので更に強くなりました。」


「おめでとう、怪我もなくてよかったよ。」


「ありがとうございます。これからもアレト様のサポートができる様に勤めてまいります。」



 アイは怪我をしていないと言ったが、身に纏っていた衣類はボロボロだ。


 白い下着は露わになっており、大事なところも色々見えそうで、目のやり場に困った。


 しかし、アレトは自身が子供であることを理由に、アイの露出度の高い容姿をまじまじと瞬きもせずに、忘れない様に脳内アルバムに保存した。


 それにしても、アイはレベルアップをする度に人間味が帯びてくる気がする。


 会った当初は、見た目は猫の様な可愛らしい容姿だけど、こちらのこともあまり聞かずに同じことを繰り返しているロボットみたいな感じだった。


 アレトがこちらの世界に来てから6年半ぐらい。アイと出会ってからはまだ1週間も経ってないが、一緒に死地を乗り越えた者として親近感が湧き始めていた。


 アイの顔を見るだけでホッとする。それだけ、助けに来てくれた時は嬉しかった。


 アイの少し柔らかくなった表情を見ながら、これまでのことを振り返っていると、アイが電池が切れた様に膝から倒れ込んだ。



「!!アイ!大丈夫?」



 アレトは直ぐ様アイに駆け寄った。



 長丁場の戦闘で流石に疲労が溜まったかと思ったが、アイの腰あたりに切り傷があり、その切り傷が赤黒く腫れていて、周りに斑点の様な腫瘍ができていた。



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