主導権は私にある

CHOPI

主導権は私にある

 最近遊びに通うようになった、シンプルで小さな部屋。窓際に置かれたベッド、その横には折り畳み式の小さなテーブルが置かれていて、ベッドの向かいにはテレビボードとテレビ。部屋の主と言えば、『推しのDVDを見る!』と意気込んでテレビへ釘付け。確か今日はこのバカの好きな作品のDVD発売日だった。本当は「今日は遊びに来てもつまらないと思うよ」と、釘は刺されていた。それを半ば強引に押し切って遊びに来たのは私の方だった。床に正座で姿勢を正しているその背中を、することも無い私はベッドの上を陣取って座り眺めている。


 「あぁ、かわいいなぁ……!」

 そんなことを言って鼻の下伸ばして、テレビ画面に集中している背中。その背中を見て、コイツ、正真正銘のバカなんじゃない?なんて冷めた感想を抱く。その存在にどんなに手を伸ばしても、どんなに欲しいと思っても、絶対に手に入る存在ではないと分かっているのに。以前、そこに関して聞いたところ、「これはそういう問題の話ではない」と言われた。……その返答は私的にあまり面白くなかった。それがなんでなのかは、よくわからなかったけど。


 私たちの関係は、このバカの、私に対しての一目ぼれから始まった。

 「あの、オレ、あなたのことが好きです」

 いきなり伝えられた言葉はあまりに唐突で、私は何も答えることが出来なかった。告白してきた相手の存在は一応知っていた。確か、たぶんあっていれば、恐らく2クラスくらい離れた教室の男の子、その程度の認識だったけど。その存在を何となく知っていた理由は、数クラスが合同で学力別に分けられる授業の教室がたまたま同じだったからだ。


 と言っても、現状、私たちは付き合っているのか、と言われたらそうじゃない。結局その時の唐突な告白には、その時から今の今まで一度もハッキリとした答えを返していない。向こうも向こうで「すぐに答えを出してほしい訳じゃない」「これからお互いの事を知っていきたい」という話だったので、向こうの好きバレしている状態でのなんとも形容しがたい関係がずっと続いている。


 だから私は現状、このバカより優位な立ち位置。『恋愛は惚れたほうが負け』とは正に、と思う。多少のワガママを言ったところで、いつもバカは「もう、わかったよ」と苦笑と共に従うだけ。最初の頃はもっといろんなワガママを言った気がする。今だってきっと私が一言「つまんない」とでも言えば、このバカのDVD鑑賞は終わって、二人で遊べるゲームにでも変わるんだろう。わかっているけど何となく。最近はそういうところも、あまり面白くない、と思う。


 楽しそうにリズムをとって揺れる頭。推しが映るたびに「かわいい」と画面に呟くバカ。私は興味が無いから全員同じに見えてしまうけど、きっとこのバカの目を通してみたらびっくりするくらい印象が変わるんだろうな、なんて思う。それにしてもつまらない。このバカ、今日は全然こっちを向いてくれない。いつも当たり前のようにこちらを見てくれるその顔が、その目が、今日は全然。……ばーか。


 ベッドから降りて、正座してリズムに乗って体を揺らしているバカの横に座り直す。その行動に少し驚いたのか、バカは一瞬だけ私の方を見る。でも一瞬。次の瞬間にはまたテレビへ視線が逆戻り。ムカつくからその横顔を見続けてやった。

 「……ねぇ、オレの顔、そんなに見つめられたら穴開いちゃう……」

 ボソッとバカが呟く。

 「集中できないんだけど、そんなに見られてると」

 その言葉に何とも言えない優越感が広がる。やった、勝った。何に、かは、わからないけど。それでも嬉しくて思わず、笑みがこぼれる。


 「あ゛―!ダメだ、DVD後にする」

 そう言うとともに画面を切り替えてゲームの準備を始めるバカ。楽しみにしていたはずのDVDを放り投げてまで私の相手をしてくれるこのバカと一緒にいられることが、最近はすごく心地が良いなって思う。でもまだ、そういう類のことは言ってあげない。惚れた方が負け、主導権は譲る気はない。心の中で意地悪に『バカは黙って、私に惚れていれば良いの』と呟く。



 ……この時の私はまだ知らない。バカの質の悪い天然の罠に、少しずつハマっているということを。

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