第三十四話 遊星へ愛を込めて
自分は、うまれたときからずっと……キラキラと光が反射する、暗く、とても冷たい空間をぷかぷかと浮かんでいた。
まだ自我を持たない幼少期は大人のオスの個体、メスの個体、そして自分で共同体を形成し……たまに、オスとメスが協力し自分より幼い個体を生成する事もあったが、それはいつもあっけなく生命を維持できずにタンパク質の塊として、自分たちの栄養源となってしまう。
それはおそらく温度差が激しい環境のせいだろう、大人のオスはと言った。……それもそうだ。ある場所は身が焦げてしまいそうなほどに暑いが、ある場所は凍ってしまいそうなほどに寒いのだから。
大人の個体は、これほどまでに丈夫な個体である自分が生まれてくれた事を喜び、種の存続のためにとオスの個体である自分のつがいとしてメスの個体を残そうと、何度も幼い個体を生み出し続けた。……しかしそれも、すべてが生命を維持できず、自分たちに捕食される運命を辿ったのだが。
そんな長い長い時を過ごしていたある日……自分ほどの丈夫なメスの個体を産む前に、大人のオスは生命を終えてしまった。
それを見届けた大人のメスの個体はひどく悲しみ、自ら生命を維持することをやめてしまった。
自分が、大人として成熟した頃である。
その後は、ただのタンパク質の塊となった大人を捕食し、再び漂い続けた。
何もない空間だと思っていたが、ひとたび違う方向へ向かうといろいろなものがあった。鈍く光る、硬く冷たいもの……じんわりと光る、怪しいものは触れたら表面が焼けてしまいそうなほどに熱かったが、食べたら刺激的で楽しかった。
時々強い力に引っ張られては引き離され、あるままに時の流れに沿って漂い続ける。
そして、きみに出会った。
きみは、他のものとは違い自ら金色に発光し、触れずともほんのり暖かかった。
いつも、自分のそばをついて回っては光り輝き、どうやらその明滅によって感情というものを表現しているらしい。
表面は硬くごつごつとしているところもあれば、柔らかく流動性を感じさせる部分もあって自分のような生命体に見えるが、それは違うらしい。
それよりもっと高尚で素晴らしいものであり、己の存在をより多くの生命体に知らしめるために産まれたのだと、きみは誇らしげに自分へ告げた。
確かに、きみはいろいろなことを知っていた。自分たちの漂っている場所は宇宙と呼び、周りにあるものは星……嬉しい、悲しい、怒り、苦しみ……それを感情と呼ぶのだとも教えてくれた。
けれども自分は、それをとても、馬鹿馬鹿しいと思った。
今まで知らずとも苦労していなかったものに、名前を与えるなど無駄に過ぎないだろうに。
しかし、自分の周りを瞬きながらついてくる様を見ていると……はるか昔、成熟した二体の個体に保護されていた頃を思い出す。あれらが、あれほどまでに自分へつがいとなるメスを遺そうとしていたのは、この感情を味合わせたかったからかもしれない。
自分たちは、いろいろな星へ行った。
地上と呼ばれる場所へ降り立ち、風と呼ばれる空気の塊に吹かれてみたり、水と呼ばれるものに浮かび漂うことをやめてみたり。
そんな日々はとても楽しく穏やかで、次第にきみは自分のつがいになる存在なのだと感じ始めた。
きみにそれを告げると、金色の体はチカチカと瞬き、喜びとも悲しみともつかない、優雅な動きで自分の周りを飛び回る。
そして、そうした感情を愛と呼ぶのだと教えてくれた。
きっと、あのメスがつがいを亡くした時に自ら生きることをやめてしまったのも、愛のせいなのだろう。
それから、自分たちは幼い時を共に過ごした大人たちのように……オスとメスで構成されたつがいの真似事をして過ごした。
きみのからだを撫でると、硬い部分は強く光り流動性のある部分はより激しく蠢く。そのたびに、生命を維持するための臓器が搾られるように苦しくなる。
そうした行為では何も産まないこともわかっていた。けれども、きみが教えてくれた愛という感情が、無駄な衝動を起こさせる。
そして、感覚的にはあっという間であったが……実際は、それより長い時をかけ、自分たちはある場所にたどり着いた。
そこは、今まで見たどんな星よりもキラキラと美しく光り輝き、眩しく、見たことのない姿をしている。
きみはそれを地球という星なのだと言い、自分の旅の終着地だと告げた。
今まで感じたものとは比べ物にならないほどの強い力……たしか、重力と言うのだったか。それがきみをさらっていく。慌てて体を伸ばして追いかけようとするが届かない。
ああ、逃がしてなるものか。
きみがいなければ、自分はもう、存在することができない。
こんな広い宇宙という空間で、もうひとりでいることができない。
きみの光が静かに明滅して、逃げてと告げる。
逃げない。逃げてはなるものか。きみのために、じぶんのために。……きみをなくす痛みに比べれば、これくらい。
その頃。
地球では二十世紀が終わりを告げる、最後の日を迎えていた。
そして夜の九時を過ぎた頃……テレビは鳴り響くサイレンと共に突如として流れていたバラエティや歌番組を止め、全ての局で、同じ内容が放送された。
着の身着のままで映し出された、寝癖が直らない男性アナウンサーは、泣き腫らした赤い目で視聴者へ告げる。
「緊急事態です。ひとつの巨大な隕石……一匹の謎の生命体が、地球に衝突します。生命体からは非常に強い放射線が感知されています。地球は終わりです。落ち着いて、落ち着いてください……落ち着いて、家族と、恋人と、友人と……最後の時を過ごしましょう。残り、三十分です。みな、悔いのない時を過ごしましょう。さようなら。」
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