第二十五話 華奈と里菜

 人生には、モテ期というものが存在するらしい。

 俺にとって、それが今だ。

 大学二年の冬を目前として、今まで女性に縁がなかった俺は、なぜか二人の女に好意を寄せられている。

 ひとりは、友人の付き合いで行った合コンで知り合った、ひとつ年下の女子大生……名前は華奈という。とても愛されて育ったのだろう、自己肯定感が高く自分から愛情を与えられる男は幸福な存在なのだと思っている節がある。しかし、それが嫌味とは思われないほどに彼女は美しく……男ならば、誰でも魅力的に思うであろう肉体を持っている。

 もうひとりは里菜という、バイト先で知り合ったひとつ年上の女だ。彼女はとても卑屈でおとなしい性格をしていて、安いアパートの少し散らかった部屋に暮らしている。安い酒や安い食事でも満足し、口付けも、甘い言葉もなく早々に痩せた棒のような体を道具のように使っても咎めることのない……いわゆる都合のいい女である。

 俺は悩んだ。

 連れ歩いて、皆から羨ましがられるのは華奈の方だけれども、都合よく扱える安い女の方が気持ちは楽だ。飽きたら簡単に捨てられるのも利点である。

 さて、どうしたものか。

 俺は今、人生で最も重要と言える選択肢に悩んでいた。


 そんなある日、この悩みを相談した友人から、とあるサービスの情報を教えてもらった。

それは、なにもデメリットもなく自分の分身を作り出すことができる、というものだ。遊びたい心と勉強したい欲が一緒の体にあるから人は苦悩する。ならば、それらを別々の体に分けてしまえば、苦悩することはないのではないか……という発見が、この発明の発端らしい。

 俺の場合は、華奈と里菜である。どちらも愛したい欲があるのだから、それぞれを好きな気持ちを別の体に分け、決して二人が遭遇しないようにすれば浮気と咎められることはないだろう。

 さっそく予約をして施設へと向かう。そこは小さな病院のようであり、全身が入るほどのカプセルに横になるだけでいい。……値段も、それほど高くないのも魅力的だ。

 痛みも苦しみも、何も感じることはなく、ただ寝転がり三十分ほどで、あっという間に二つの体を手に入れる。

 そして俺たちはそれぞれの女に近づき、交際を始めた。


 二人の女と同時に関係を持てる生活というのは、とても良いものであった。

 華奈との生活はとても華やかで、自分まで上等な人間になったのだと錯覚させてくれる。そして褒め上手、気配り上手で……俺の顔をよく立ててくれる。

 対して里菜との生活は、痴情に満ちたものであった。朝から晩まで、爛れた生活を送り、もはや人ではない……動物なのではないかと思うほどであった。

 そして自宅へ戻ると、オプションとして購入した特殊なシステムによってそれぞれの一日を共有する。

 いつかはどちらかを選ばなくてはいけないが、それまではこの楽しい生活を続けていてもバチは当たらないだろう。


 半年ほど、この生活を続けた夏の日のことだ。

 突然、里菜の連絡先が消えた。遊ばれ、都合のいいように体を使われるのに嫌気が差したのだろう。追うことはなく、未練すらも感じず……必要のなくなったもう一つの自分の体も、記憶のデータのみを抽出して処分した。

 そしてその日、華奈とのデートに現れたのは……顔の造作は確かに華奈であったが、どこか違う面影のある女だった。

 彼女は俺を見つけると、頭を下げる。立ち話をするわけにもいかず、とりあえず近場のカフェに入ることにした。

「里菜、という女を知っていますか?」

 彼女の問いかけに頷くと、ですよね、と華奈は決してしないだろう……俺に対して、少し馬鹿にするように鼻で笑うと、言葉を続ける。

「それは、私です。……私は、以前から男性にモノのように……奴隷のように扱われたいという、恥ずかしいのですが……そうした願望を持っていました。けれども、私これでも……自分で言うことではないのでしょうが、将来を期待されている身ですから……易々と願望を果たすことは出来ません。」

 恥ずかしそうに、けれどもそれを口にすることに悦びを感じているように思える。その姿に里菜の面影を感じながら、ニヤニヤと……これもひとつの愛情表現として俺は黙って聞いていた。

「あなたも利用していたでしょ?体を二つに分けるシステム。……私はそれを使って、被虐心と欲求のみをもうひとつの体に閉じ込めました。そして定期的に意識を共有する以外は好きに過ごさせることにして……最初のうちは、とても満たされました。あなたは私の願望を全て叶えてくれたんですもの。」

 なるほど。だから、本来の自分である華奈も俺に近づいたのかもしれない。そして、次の言葉もなんとなく予想はできる。

 これほどまでに自分の願望を叶えてくれる人は存在しない……だから、本来の自分を愛して、と、この女は言いたいのだろう。

 ……しかし、彼女はコーヒーと紅茶のみを注文した伝票を手に席をたつ。呆気に取られて見上げる俺に、彼女は花のような笑みを向けて、優雅に頭を下げた。

「でも、もういらないんです。愛されなければ、被虐心のみを満たされても仕方ない。……そして、それはあなたでは無理だということに気付きました。……さようなら。」



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