第二十話 妖精の栞


 礼拝を終えた、ある日曜日の午後。

 今日もキングスリー博士は自宅の庭に村の子どもたちを呼んで、特別な講義をひらいていた。

 彼は、都市の大学で教鞭をとりながら郊外の村に住み、毎日毎日とてもぶ厚い本をむさぼり読んでは、嫁も取らぬ変わり者の男であった。

 しかしいつの頃からか自宅の庭で特別な講義をひらくようになり、草花で小舟を作ったり、おまじないのハーブティー、カエルに魔法の世界へ手紙を運んでもらう方法など……内容はまるで夢物語のようなものばかりで、それはひどく子どもたちの心を掴んだ。

 さあ、今日はどんな講義をひらくのだろうか?






 今日は君たちに、妖精の栞の作り方を教えよう。

なに、手順は簡単さ。君たちのような子どもにだって出来る。

 まず最初に、妖精を用意する。……材料がないと、なにも始まらないからね。

あれは、どこにだっている。試しにそこの花壇の……マリーゴールドを探ってごらん。花弁と同じ色の、綺麗な髪の色をした中指ほどの人間がいるはずだ。

 妖精は、種類ごとに性別が分かれている。男の妖精が欲しければ土や木、草むらや虫、火、空中を探せばいい。女の妖精が欲しければ花や果物、シルクやジョーゼットのドレス、陽の光や水の中を探せばいい。好きな妖精を捕まえなさい。

 捕まえたら、小瓶に入れてリコリスの花を入れるんだ。そうすると、何でも言うことを聞く、とても従順なペットになる。私たちにとってもリコリスは毒だが、妖精にとっては花も花粉も麻薬と同じ効果を発揮するんだよ。

もう、人間の与える花が欲しくて欲しくて……なんだってしてくれる。……ああ、そうだった、これはお兄さんお父さんに教えなさい。きっといいように妖精を使ってくれるはずだよ。

 さあ、みんな妖精は捕まえたかな?

ロビンは……ああ、四葉のクローバーの妖精だね。エミリーはお姉さんから借りた、レース編みのハンカチの妖精か。ベネディクトは道の片隅で消えかけていた煙草の吸い殻の妖精、アンナは野薔薇の妖精……君たちは、とても優秀な子どもたちだ。

 さあ、妖精をウイスキーの小瓶に押し込んで。……手や脚が折れるだろうが、気にしてはいけない。そしてリコリスの花も一緒に入れて……蓋を閉める。

 これで今日の作業は終わりだ。みんな、明日は妖精の小瓶を持ってまたここに来るんだよ。



 子どもたちは、絶望感に満ちた、音として聴き取ることの叶わない叫び声をあげる妖精の詰まった小瓶を抱え、みなそれぞれの家路につく。

 その晩、彼らはリコリスの花に酔い、さながら麻薬中毒のような姿を見せる妖精をうっとりと眺め、眠りに落ちた。夢の中では、子どもたちはみな、妖精と共に楽しく歌い踊り、楽しい時間を過ごしていたことだろう。

 もちろん、次の日もまた子どもたちは小瓶を大切に抱え、キングスリー博士の元へ集合した。

博士はにっこりと、人の良い笑顔を見せて子どもたちを出迎える。



 さあ、みんな妖精の小瓶は持ってきたかな?

……よし、いい具合に妖精たちが酩酊状態になっているね。

 さあ、妖精を瓶から取り出して……ガーゼと分厚い本を用意するんだ。ガーゼで妖精をくるんで……本を真ん中で開いて、妖精を挟んで閉じる。そしてその上に座るんだ。

 ぷちっ、や、ぱりっ、と音がするだろう?それが無くなるまで座っているんだ。君たちのような子どもの体重でも大丈夫、妖精はとても脆くて繊細なんだ。

 さあ!それまで歌おうじゃないか!

何でもいい。そうだな……この砂時計が流れ落ちるまで五分かかる。それまで楽しい時間を過ごそう!



 子どもたちと博士は、砂時計が流れおちる五分間……それはそれは、とても楽しい時をすごした!

学校で習った歌、教会で歌う讃美歌。無垢な歌声は村中に響き渡り、大人たちの心を和ませる。

 もちろん、妖精たちの悲痛な叫び声は誰の耳にも届くことはなかったけれども。



 ……さあ、そろそろ頃合いかな?

本を開いて……ガーゼを分厚く巻いたから、本は汚れていないはずだ。その処理が甘いと、赤や黄色や茶色い体液で本を汚してしまう。しかもとても臭いから、しっかり妖精の処理をするように。

 妖精を取り出したら、開いてみよう。

しっかり潰れているかな?

 潰れていたなら、ピンセットで目玉の処理をしよう。そこに栞として大切な紐を通すから、しっかりね。

つまんで……引っ張る。潰す際に出てきてしまったものは、そのまま摘めばいい。

 次は内臓の処理だ。これも潰す時にできた傷から内臓をほじくり出して、捨てればいい。捨てるのもそこら辺で構わないよ、仲間の死の匂いを嗅ぎつけて、また新しい妖精がやってくるからね。

 さあ、みんな妖精の処理は終わったかな?

次は濡れたハンカチで妖精を拭いてあげよう。潰した時に出た臭い体液でいっぱいだからね、綺麗にしてあげなくてはいけない。

 それが終わったら、陽の光に当てて一週間乾かす。

また一週間後にここに集合だ!



 子どもたちは慎重に、まるでパンケーキのようにぺしゃんこになってしまった妖精を家へ持ち帰り、とても大切にした。

 それもそのはず、ここで失敗してしまったら今までの苦労が水の泡になってしまうから。

 晴れた日は窓辺で乾かし、雨が降った日には湿気らないように保管……そしてまた晴れたら窓辺で乾かす。それを博士に言われた通りに一週間繰り返した。

 彼らにとってはその作業もとても楽しく、日に日に小さな人間のような姿であった妖精が、羽の色鮮やかな色彩はそのままに、カラカラに茶色く乾涸びていくのを、きれいな瞳を輝かせながら飽きることなく眺めていた。

 そして、いよいよ仕上げの日を迎えた!



 どれ、みんなの妖精はちゃんと乾いているかな?

ああ……エミリーの妖精はまだ完全に乾ききっていないね。クランベリーのジュースをこぼしてしまったのかな?

ちゃんと乾いていれば、これくらいの薄い……カラカラの乾燥ハーブのようになる。エミリーはみんなを見て、お家に帰ってから栞の仕上げをするといい。

 ああ……ロビンの妖精は、乾かしている時に粉になってしまったんだね。まだ若く未熟な妖精を使うと、たまにこのような事が起こってしまうんだ。けれども見てごらん、美しい羽根がまだ残っているじゃあないか!今日はこれを栞にしてごらん。

 さあ、さっそくペラペラの紙のような妖精を栞にしていくよ。

 この前、丁寧に目玉をほじくり出しただろう?そこにリボンを通すんだ。たくさん用意したから、好きなものを使うといい。

 両の目にリボンを丁寧に……妖精の体が崩れないように通して、栞の形に結ぶ。崩れてしまった時には、羽に穴を開けてリボンを通すんだ。

 みんな、できたかな?

次に、栞として使えるように妖精の体を樹脂でコーティングする。これは肌に触れるとなかなかとれないから、扱う時には大人と一緒に使うように。

丁寧にハケで塗って、乾いたら裏返して塗る。それを三回ほど繰り返せば、ちょうどいい硬度になるよ。



 出来上がったそれは、とてもとても奇妙な栞だ。

色鮮やかな……赤やピンク、青、緑、金にまるでオーロラのような色彩を放つリボンを空っぽの眼窩に括り付けられ、その体はまるで紅茶の葉のようにカラカラ。なのに、たっぷりと塗られた樹脂により木彫りのような重厚感のある質感になっている。

 ただ、生きていた頃と同じ鮮やかな色彩を放つ羽とリボンだけが強い色彩を放ち美しい、そんな栞。

けれども自分で作ったという達成感からか、子どもたちはそんな奇妙な栞でも手に取り胸に抱き、完成を心から喜んだ!



 ……できたかな?

 これで妖精の栞の完成だ。これは、とても素敵なおまじないの道具で、これを勉強したい本に挟んで使えばたちまち苦手も克服できるし、大好きなあの人に想いを伝えたい時も、ラブレターをしたためてその上に妖精の栞を置けば、どんな辛い恋だってうまくいく。

 ただし、ひとつ覚えていて欲しいんだ。

君たちは、ひとつの命を奪ったことをね。あれは仲間の死に敏感だ。必ず、必ず復讐をしにやってくる。

 水の妖精は川を氾濫させ疫病を招き、草木の妖精は牧草や野菜を枯らして家畜のみならず私たちも飢えさせる。火の妖精も日照りを起こさせて飲み水もなくなってしまうだろうね。

 さあ、死にたくなければ私と一緒においで。

妖精から君たちを守ってあげよう。



 博士が告げた言葉は、子どもたちにとっては死の宣告と同じだった。大人たちに話しても、誰一人として信じてはくれない。

 戸惑いながら、二人の子どもは博士に従い村を出て、他の子ども達は村へ残ることにした。まだ幼い子どもたちが親や兄弟達と離れるのが辛く、死を決意しながらも共にいることを選んだのは、容易に想像できるだろう。

 そして彼らが妖精の栞を作ってからひと月。

村は未知の疫病に襲われて滅んでしまった。人間が姿を消してからも、その地域は異常なほどの日照りと川の氾濫、それにより畑の土が悪くなり、牧草や食物すら育てることのできない死の土地と化してしまった。

 村から消えた博士と二人の子どもの行方も、誰もわからない。

辛うじて、村から逃げることのできた人間はみな、口々にこう言うことだろう。


 妖精だ。妖精が来た。と。


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