第十九話 となりの本多
俺のクラスメイトには、変な奴がいる。
顔はいい。金髪に青い目……まるでハリウッドのスターのようなイケメンだ。しかし、声がまるで吹き替えなのだ。口の動きと言葉が合っていないし、それだけならまだ良い。口パクすらもしていないのに声が聞こえる時もある。
名前も本多ジルベールなどという小学生の書いたギャグ漫画のようなふざけた名前だ。
皆は彼のことを何も思っていないらしく、女子はジル様と呼んでチヤホヤする始末。それもそうだ、顔も良ければ運動も勉強も、なんでもできてしまうのだから。
……俺は、あいつのことが嫌いだ。
しかし神様というものは意地悪で、狙っているかのように、あいつと同じクラス委員になり席も隣。……最悪だ。
「須田くん。ごきげんよう」
今日も本多はアニメ声優が当てたような無駄にキラキラした声で白い歯を見せてくる。俺がそっぽを向くと、あいつは耳に唇を寄せて今日の放課後……覚えているよね?と訊く。
なんだよ一体、ただのクラス委員の仕事に対して、いちいち変な感じの雰囲気を出してくるんじゃあない。
放課後、二人で席に座り掲示物の飾り付けをしているが、ひどく退屈だ。
他のクラスは質素にただ掲示物を張り出すだけらしいのだが、なぜかうちの担任はそうした事に細かく、クラス委員は色画用紙にプリントを貼り手書きでイラストもつけるといった高校生にもなって小学生のようなことをさせられている。……とても、とても面倒くさい。
本多はというとテキパキと手を動かしながら相変わらず口は開くことはなく、腹話術のようになにやらぺちゃくちゃと話している。気持ち半分に聞いているが、どうせ意味のあることと聞く意味のないこと、半々だろう。
小学校の教室のような飾り付けが終わると、本多は一緒に帰ろう、と誘ってきた。自転車通学だけどいい?と聞くと、あいつは少女漫画の王子様のような笑みを見せて頷く。
……そして今、本多は俺の自転車の後ろにいる。
最初は意地悪をしてあいつを走らせていたんだ。けれど、あいつは汗ひとつ流さない涼しい顔で全速力で走る自転車に競歩でついてくる。もちろんそれは周囲の目について……現在に至る。
あいつの様子は伺うことはできないが、きっと俺の肩に手を添え、物憂げに潮風に長い金髪を靡かせていることだろう。それこそ洋画のラブロマンスの一場面のように。
海岸沿いへ差し掛かると、本多は不意に奇妙な事を言った。
「僕はね、須田くん。宇宙人なんだ」
「知ってた……いや、気づかないはずないだろ。どう考えても、口パクもしてないのに声聞こえるとか変だろ。宇宙人かは分かんないけど、人間ではないと思ってたよ」
俺としては当然のことを返したつもりなのだが……本多はええっ?!と素っ頓狂な声をあげて大袈裟に驚く。……そもそも、あれだけのおかしな行動で気づかない周りの奴らがおかしいんだ。催眠術でも使ってるのか?と訊くと、さも当たり前のように頷き
「ええ、もちろん。しかし君にはかかっていなかったとは……ふむ……やはりこの体はどうも使い勝手が悪い」
と、ぶつぶつ独り言を呟き始める。……本当に人間ではなかったとは。
もう少し話を聞く必要があるようだ。俺は彼を海岸に誘い、日が沈む間のひとときを共に過ごす事にした。
「須田くん、僕はね。遠い宇宙から地球人を偵察に来たんだ。先に来ていた偵察隊から、どうやらこの星の知的生命体は僕達の生活にとても必要なものだと報告が入ってね。……いや、しかし一部の知的生命体はとても嫌な存在だ」
……担任や、数学の中島とかな。と言いかけて口をつぐむ。
横にいる、本多の横顔は真面目そのもので、夕陽に照らされとても美しく見えたからだ。ああ、ここにいるのが隣のクラスの相澤さんなら、どんなによかっただろうか。
「だからね、僕たちは必要なぶんの人間だけを採取して、残りは地球ごと壊してしまおうと計画しているんだ。……今夜、決行される。もちろん君も採取される側の人類に入っているよ」
……妄想も、とんでもない告白の前に吹き飛んでしまった。壊す?地球人を??……やっぱりヤバい宇宙人じゃあないか。
ここでこいつを殴るなり、なんなりして止めて警察に突き出したところで信じてはくれないだろう。それどころか笑われて、馬鹿にされ、子供はおうちに帰りなさいと言われるのが関の山だ。
俺は考えることをやめて、ぼんやりと夕方から夜へ変わりゆく空を眺める事にした。
海に、少しずつオレンジ色の夕日が沈んでいく。青色から紺色の鮮やかなグラデーションの夜の帳が下りて、その様子はとても綺麗だった。
「あー……エモ」
不意に口をついて出た言葉に、本多は不思議そうに首を傾げる。宇宙人の辞書にはエモいという言葉はないらしい。
「エモいはー……なんかこう、胸がぐっとする事だよ。綺麗なものを見た時とか、切ないものを見た時に使う」
「なるほど。だから今はエモいのですね。……地球の最後に、素敵な言葉を知れてよかった」
簡単な説明にも納得してくれたようで、本多は最後に夜の十時に迎えに行くと告げ、先に帰ってしまった。
……地球を滅ぼすためにも、なにかと準備が必要なのかも知れない。
そして、深夜零時。
地球は謎の隕石の衝突によって木っ端微塵に吹き飛んだ。
さようなら、みんな。
さて、俺はどうなったかというと……本多の宇宙船にいる。手の中には金色の毛並みと青い瞳のハムスターのような生命体。それは俺の手に包まれながら
「ああ、やっぱり地球人の手は我々を撫でるのにとても役に立つ。これほどまでに素晴らしい生命体に出会えるとは」
と、聞き慣れたアニメ声優の吹き替えのようなキラキラした声で俺の撫でを絶賛し、うっとりと瞳を細める。
「あーあ……地球が滅びるのなら、相澤さんに告白しておくんだったなあ……」
ぽつりと恨み言を呟くと、本来の姿に戻った本多はちょこまかと俺の肩に乗り、にんまり笑って耳元に口を添えて、人生で最高の情報を教えてくれた。
「相澤さんも一緒に乗っているよ。僕が推薦したんだ。……君の繁殖相手になる事も決まっている。喜べ」
……やっぱり、俺の主人は最高だ。
小さな小さなハムスターの姿になった本多を肩に乗せながら、大きな青い青い星だったはずの地球がはじけて消え、真っ赤なマグマが噴き出しては消える、その様子を眺める。
それはあまりにも綺麗で
「ああ、エモい」
二人で声を重ねて、笑った。
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