第十三話 ぼくらの夢と、その残骸

 僕たち五人は、いつも一緒だった。

 同じ年に生まれ、工場と廃墟の立ち並ぶ街で秘密基地を作り、同じ中学校へ進学しても尚、変わる事なく毎日暗くなるまで遊んでいた。

 秘密基地には、大好きな模型や漫画……僕たちが大好きなものをたくさん持ち込み、まるで子どもにとっての天国のような空間に仕立て上げた。


 ある日のことだ。

 ひとりの少女が現れた。彼女は長い髪をポニーテールにし白いリボンをひらひらと揺らして、隣町にあるお金持ちしか通えない私立女子校のセーラー服を着ていた。右目の下に涙の一粒のような小さなほくろが印象的な、しなやかに細い手足のとてもとても美しい少女だ。

 僕たちはたちまち、彼女の虜になった。

 彼女はとてもわがままで、紅茶はないの?と不満そうに唇を尖らせては綺麗なティーカップで紅茶を用意させる。そして、水筒に入れたお湯で作ったぬるい紅茶にひとしきり不満をぶちまけては、お菓子は?と訊く。

 そして、少ないお小遣いで購入した駄菓子の飴玉やスナック菓子は一度彼女へ捧げられ、美味しいところだけを食べた残りを僕たちが食べる。……そんな日々。

 僕たちの夢の場所であった秘密基地も、少しずつ彼女によって変わっていった。


 ある日のこと。

 僕は、残りのお菓子を食べる仲間達から隠れるように、こっそりと彼女の食べかけの飴玉を盗んだ。……彼女が口に含んだものは決して食べない、仲間達の間のルールである。

 皆が帰ってから薄いビニールの包みを外してビー玉のような赤い飴玉を口に含むと、それは人工的なイチゴの味がして、甘かった。意味もなく……とても甘い。

 「何してるの?変態」

 彼女の声が背後から響く。彼女は僕の背中を蹴り、散々に罵倒する。変態、馬鹿、童貞、気狂い男、お前の母親は売春婦。

 背中を蹴り続けながら一通り罵倒し、ようやく満足したのか彼女は細い手で詰め襟の首を掴む。そして、白く血色の良い美しい顔を近づけ、赤い唇を歪ませた。……面白いこと思いついた、と。

 「あんた、みんなを殺してみてよ。あたしの見ているところじゃなきゃ嫌よ、つまんないもの。……そうね、出来るだけ面白い方法にして」

 「そんなこと……」

 「出来ないっていうの?変態。……あーあ、あんたがしてくれないなら、他のやつに頼もうかしら。……そうねえ、あいつらならキス一つでいいかしら?それとも……あはは、裸でも見せちまった方が早いかもしれないわねえ」

 僕は、彼女の体を、他の人の目には触れさせたくないと……その赤い唇も、全て自分のものにしてしまいたいと……目の前の誘惑に抗えなかった。


 最初の一人は誰でもよかった。

 彼女と僕の分を除いたティーカップのうち、適当な一つに殺鼠剤を塗った。

 それを引き当てたのは、松川だった。彼は痩せた体から内臓ごと吐き出してしまうのではないかと思うほどにひどく嘔吐し、急いで救急車を呼んだにも関わらず死んでしまった。

 彼女は松川が苦しむ姿をケタケタと、楽しそうに笑って見ていた。


 次に目をつけたのは、谷口だった。

 明らかに彼女の事を、女としてみていると……想像の中で幾度も彼女を慰み者にしたと自慢してくるのが気に食わなかった。

 僕は美しく清らかな彼女がそのことに気づかないように、雨の日荒狂う川の中に突き落とした。


 次は相沢と山岸だが、山岸は何かを察したのか……谷口の死から、秘密基地に姿を見せなくなった。

 相沢はというと、普段から希死概念が強く、ここ数日の間に仲間がどんどん死んでいくことに耐えられなかったようだ。

 僕と彼女の体に追いすがり、君たちはどこにもいかないだろう?と泣くものだから、僕と彼女は次第に可哀想になり、その喉をカッターナイフで切り開いてあげることにした。

 彼女は大層喜んで、肌が透けるほどに薄い下着姿でキャッキャと笑いながら、相沢の体に跨って幾度も幾度もその体にカッターを突き立てた。

 血と脂で切れなくなったらポキリと折り、また突き立て、全ての刃を使い終える頃には彼女の白い肌は真っ赤に染まっていた。

 「後ろを向いていて」

 彼女がポツリと呟く。

 おそらく血で汚れた肌着を脱ぎ、丁寧に拭ってからまた元通りのセーラー服姿に戻るつもりなのだろう。僕は今、背後にいるであろう白い柔らかな肌をあらわにしている彼女の姿を想像する。絹のような肌をすり寄せ、猫のような声で甘える……そんな時が、もうすぐ訪れる……。

 その時だ。つんざくような悲鳴が聞こえた。

 慌てて振り向くと、彼女が裸のまま、男にその身を拘束されている。ぎりぎりと腕を細い首に食い込ませるたびに、彼女は身を捩って薄い胸を張る。その相手は……山岸だった。

 「お前たちだったのか。松川と谷口を殺したのは。それだけじゃなく相沢まで」

 「彼女を離せ、これ以上汚い手で触れるんじゃあない」

 僕が必死に制止しようとしても、川岸は声を上げて笑い、そして更に腕で首を締め付ける。

 「汚いだって?!お前もこの女にどうにかさせられちまったのか!女のくせに、俺たちをいいように使って……許さない、絶対に許しちゃいけない!殺してやる……あいつらのように、殺してやる……!」

 更に、細い首へ腕が食い込む。ぽかんと開けた彼女の小さな唇から、ぽたりと涎が伝って落ちる。

僕は、仲間を三人殺してしまったことで、狂ってしまったのかもしれない。拳を振り上げると、川岸の頭上へ振り上げた。

 川岸は体も大きく、いつもならこんな事をしようとは思わないだろう。そうだ、思わないのだ。……僕は、狂ってしまった。

 衝撃で彼女の体を解放すると、僕は大きな体に馬乗りになり、拳が、手の骨が折れるまで川岸の頭を殴り続けた。……その顔は次第に変形し、血とあざにまみれていく。

 一回、一回殴るごとに命が消えていくのを感じる。

 楽しい。……日常では味わえない快感だ。

 その瞬間、ごつん、という音とともに頭に感じた鈍痛で、僕は意識を失ってしまった。


 気がつくと、僕は警察に捕まっていた。

 彼女は既に逃げた後で、僕一人だけが仲間の三人を殺し、一人……山岸を重体に追い込んだ犯罪者として罪を問われることになってしまった。

 警察に彼女の事を話しても、信じてはもらえない。

 どうしても、と頼み込むとようやく彼女の通っている学校の、写真付き名簿を見せてくれた。本当にその女がいるのなら、お前のように捕まえてやるから、と笑いながら。

 僕は必死で探した。

 しかし、制服は同じものでも彼女の名前も、その光り輝くような美貌も、右目の下にぽたりと落ちた涙のようなほくろをもつ少女もいなかった。名前を告げても、そのような人間はこの街には存在しないと返されるばかり。

 僕は次第に、皆を殺してしまった事を後悔するようになった。

 けれども事実は消えない。

 子どもだったこともあり塀の内側に入ることはなかったが、僕は今でも、大きすぎる罪を抱えて生きている。


 ただひとつ、手の中からこぼれ落ちていく命の快感と、ただひとり愛した彼女の命も、あの時のように……僕の手のひらで、握って、潰して、果実のようにめちゃくちゃに出来たら……どれほどの快楽だったのだろうと、今でも夢に見ている。

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