第十二話 異世界転生した俺が勝手に片思いしていた姫に振られて魔王になった件
これは、とある世界へ降り立ったひとりの少年の物語である。
少年はある日、下校途中にトラックに轢かれ、命を落としたかのように思えた。……しかし、少年の命は潰えておらず、目を覚ますとまるで外国のような場所にいた。
道なりに歩き市場へ辿り着くと、人々は英語とはまた違う言語を話し、煌びやかな宝石も山のように売られている。それらは魔法の効果を与えられ、試す人々は当たり前のように炎や氷、水を何もないところから生成している。
少年はすぐに察した。……これは、アニメやゲームでよくある展開であると。まだ実感はしていないが、おそらく自分は、この世界の人間には持っていない強大な能力を持っていて、それを必要とされる時が来る。
そして自分は未来永劫この世界の英雄として語り継がれるようになるのだと。……今まで冴えない人生を送っていた自分には考えられないような、富、名声、女が全て手に入ることが、この瞬間約束されたのだ。
そんな思惑通り、市場を歩く少年は兵士に捕らえられ馬車に乗り、城へと連行された。人目を避けるよう密かに……謁見の間ではないが、それと同じくらい豪華な部屋へ通された少年は、そこに佇むひとりの少女に、人生で初めての恋をした。
彼女は艶やかな蜂蜜のような髪、煌めく宝石のような緑色の瞳をし、象牙のように白い肌……まるで女神の如き美しさを持ち、柔らかそうな肉体は色鮮やかな宝石と白い薄絹のドレスに包まれ、とても魅惑的に思えた。
少女はこの国の王女であり、世界で唯一、異世界から人間を転送する事ができる能力を持っているのだと彼に教え、滑らかな手で少年の手を取ると、輝く瞳で真っ直ぐに見つめ
「この国は、隣国と長らく戦争をしています。……私は、それを止めたいのです。愛し合っている、隣の国の王子と結ばれるために……力を貸してもらえますか?」
と、鈴のなるような美しい声で懇願する。
少年はあっさりと快諾した。一目惚れをした相手に、思いを告げる事なく失恋したにも関わらず、それを全く気にかけてはいないようだった。それもそのはず、少年は知っていた。……アニメの展開では、目的を達成したら彼女は隣の国の王子を捨てて自分のものになるはずだと。
彼は仲間を集め、奔走した。
仲間には魅力的な女性が多く集まり、その誰もがみな容易く彼のことを愛し……彼も想いを寄せる姫がいるにも関わらず拒むことはなく、その好意で自らの欲を満たした。
そして彼女たちにより自分に与えられた能力も明らかになった。
……それは、少年が明確な殺意を抱いた相手を確実に殺してしまう、非常に強力なものであった。
彼は能力を知るや否や巧みに利用し、姫を殺そうとする人間を殺め、隣国を意のままに操ろうとする魔族を殺め、自分の事を愛しもせず、ただ欲を満たすための道具としか見てくれない少年に嫉妬する仲間も殺した。
彼は瞬く間に二国間の戦争を止め、英雄として謳われるようになり、王から広大な土地を与えられ、豪華な城も与えられた。
これで姫は自分のものになる。……そう、思っていた。
しかし姫は、戦争が終わった翌日に王子との結婚を国民に公表した。女神のように美しい姫の隣に並ぶ男は、光が透けるような金の髪に宝石のような水色の瞳を持った、神話に登場する美男子も嫉妬してしまうほどに、とても……美しい男だった。
式の前夜、少年は姫との密会を申し出た。
旅立ちの時と同じ、姫の自室で少年は跪く。そして、静かに……けれどもしっかりとした声で、長く秘めていた想いを口にした。
「姫、俺はあなたを愛しています。」
姫は最初、何かの冗談かと思いにっこりと笑みを見せたものの、少年の表情と口振りからその言葉が冗談ではない事を知り、言葉を詰まらせ、明らかに困った様子で視線を泳がせる。
「えっと……ごめんなさい……私は、彼以外に誰も好きになることはないわ。あなたの事も、魅力的に感じない。」
「……これでも?」
少年の手には、細く長い指があった。その根元には豪勢な宝石と金の指輪が嵌っている。姫は息を呑んだ。その指の持ち主を知っている。……これは、王子の薬指。そして指輪はつい先日、彼と交換した結婚指輪だ。
「本当は、あなたも俺のことを愛しているんだ。知ってるよ。……でも、あの男に義理があるから断るしかなかったんだ。好きにできる女は山のようにいる。けれども俺が愛したのはあなただ。あなたに比べれば、あいつらなど……路傍の石に過ぎない。ああ、あなたが嫉妬をするなら今すぐあの女たちを殺してしまっても構いませんよ?」
二人は真っ直ぐに見つめ合い、対峙した。姫は長い闘いで少年が狂ってしまったのだと思った。けれども彼の目は、明らかに嘘をついていない……旅立った時と同じ純粋な目をしている。
彼を受け入れなければ、自分は殺されてしまう……受け入れる?否。……姫の答えは、決まっていた。
「……いいえ、私はあなたを愛することはありません。」
少年は姫を捕らえ、そして人としての尊厳を奪った。既に国を統べる王も妃も、男の王族はみな殺められた後で、非力な一国の姫にはなす術もなかった。
ひと月ほど少年の一方的な愛情を受け入れ、姫は心を失い、代わりに少年の子供を身籠った。あれほど光り輝くような美しさはみる影もなく、やつれ、この世の全てを怨み妬むようになり……そして、子供が産まれてくるのを待たずに自ら命を絶った。
まるで少年の遺伝子そのものを憎むように、泣き叫び、嘔吐し、長い髪を引き抜きながら、膨らんだ腹を幾度も幾度もナイフで刺し、赤子もろとも臓物をえぐる、壮絶な死に様であった。
少年は、いつの間にか殺戮のかぎりを尽くし、平和の象徴である幸福の姫と王子を殺し、国を占拠した魔王と呼ばれていたことを知らない。……彼の描いていたシナリオでは、そうした展開は存在しないからだ。
やがて革命が起こり、捕らえられ、断頭台に立つ少年は
「あれ、俺何かやっちゃいました?」と笑った。
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