番外編 ヒーローの条件

 康介は地元で有名ないわゆる不良であった。

 彼は素行が悪く、大きな体に厳つい表情……力は強いが勉学には全く興味を示さず、喧嘩に明け暮れる毎日であったが、女子供はもちろん無関係の者には決して手を出さない。

 素行が悪くとも彼は明るく、恐れられてはいたがそのぶん皆の信頼も厚く、彼のそばには常に沢山の仲間がいた。


 そんな彼に悲劇が訪れたのは、二ヶ月ほど前のことである。

 密かに想いを寄せていた幼馴染の少女が殺害されたのだ。

 惨たらしく陵辱を受け、汚れ切った裸の腹には太い鉄パイプを突き立てられ、さらには衣服の全てを写真と共に高額で売りつけられていた。

 康介は仲間たちと共に必死に犯人を探した。

 しかし隠れるつもりは毛頭なかったのだろう。彼女の遺品を買い取った者たちはすぐに見つかり、それの持ち主は報道されている殺人事件の被害者であると告げると皆、あっさりとそれを遺族へ渡してくれと返却し、さらには誰から購入したのかも教えてくれた。

 それは、近隣の高校に通う所謂優等生……名は、桜庭俊哉といった。

 容姿も端麗で勉学も運動もそつなくこなし、人当たりもとても良い……将来を有望視されていた男。

そんな彼がどうしてそんなことを。そうした疑問に答えを出そうと自分達の溜まり場である廃屋へ彼を呼び出し、仲間達は康介を心配して同行すると申し出たが、それを断ると、ひとりで月明かりが差し込む廃屋で俊哉を待った。


 「まず、君が聞きたいことを答えよう。……僕があの子を殺した。」

 約束の時間から遅れて制服姿のまま廃屋に現れるや否や、俊哉は彼にそう告げた。塾の帰りなのだろう。

 まるで当たり前のことをしたかのように、平然と告げる様子に康介は一瞬拍子抜けしてしまったが、俊哉はそれでも構うことはなく言葉を続ける。

 「君も知っているだろ?山神龍郎の手を借りたんだ。男色家だっていう噂もあったしね……容姿には自信があったから、取り入ったんだ。あの男のためなら何でもした。努力の甲斐もあって、龍郎は僕に夢中だよ。」

 山神龍郎の名は知っていた。地元でも有名な極道とも繋がりがあると言われている男である。男色家だという噂も事実で、実際康介の友人も容姿の良いものが数人彼に目をつけられた事があった。

 「……なんだよ、お前そんな趣味あったのか。自分じゃ俺らに太刀打ちできないからって、女に手を出して男相手に……頭おかしいんじゃねえのか」

康介は軽口を叩きながらも、周囲の警戒を怠ることはなかった。

 それほどまでに危険な男が彼の背後にいるのなら、この場所もきっと奴等に知られている。……すぐ、後ろから、自分の頭上に拳を振り上げる時を待っているのかもしれない。

 後ろ手に廃材を手に取り、朽ちた床が乾いた音を立てる。

 「どうしてあいつを殺した」

 緊張のあまり、ひやりと汗が頰を伝い唇が乾くのを感じた。

 枯れた声で何とかその言葉だけを搾り出すと、壁にもたれかかっていた俊哉がおかしそうに……まるで、何か冗談でも聞いたかのように笑う。

 細く長い脚が一歩、また一歩、康介に近づく。それに合わせて康介の大きな体も一歩後ずさる。

 「知りたい?…僕は君みたいな人が大嫌いなんだ。あの子に罪はないけど、君に嫌がらせがしたかった。」

 じりじりと、睨み合いが続いた。

 次第に俊哉の声に、隠しきれない憎悪が滲むのを感じる。

 「どうして、悪いことをしているのに許される?子供の頃に教わらなかったかな……暴力は悪いことだ。なのに、どうして君たちのしていることが正当化され、僕ら真面目に生きている人たちがつまらない人間とされる?……わからない。」

 康介は、なにも言うことが出来なかった。

 彼自身も分かっていたからだ。彼は昔から、体がとても大きく普通に過ごしていても、睨みつけているかのような鋭い眼光で周囲を圧倒していた。当然、喧嘩は避けられない。

 わざと負けてしまえばよかったのに……彼はことごとく勝ててしまった。そして、だんだんと社会という枠組みから外れていく。

 いくら人を助け、不良なりに真っ当に生きようとしても、足を踏み外した時から、もう社会に戻ることは叶わないのだ。

 不意に足を止め、二人は見つめ合う。

 俊哉が口を開いた。まるでこの時を待っていたかのような、そんな口ぶりであった。

 「さあ、殺しなよ。僕があの子の仇なんだからさ。」

 「……はぁ?何言ってんだよお前」

 「君は自分のしてきたことの罪を背負わなければいけないんだ。ああ……それより、あの子が最期にどんな事をしてたのか聞きたいの?……そうだな。あの子は……」

 俊哉の薄い唇が、にやりと弧を描く。きっと、少女の最期にされた惨たらしい陵辱の一部始終を、じっくりと康介へ語って聞かせるつもりなのだろう。

 だめだ、冷静になれ。落ち着け。

 理性で衝動を抑え込もうとした時には遅く、康介は夜の空に咆哮を響かせた。


 康介は俊哉の頭部を廃材で砕いた。何度も、何度も。

 それによって端正な顔は醜く崩れ、呆気なく俊哉は死んだ。

 メディアは康介を悪者に仕立て上げ、町の人々の康介を庇い立てようとするインタビューも切って貼って、彼が人々に疎まれていたように改竄して報道した。

 そして逮捕された後、康介は少年院へ送られ、寵愛していた俊哉を失った恨みにより送り込まれた龍郎の部下の手で、塀の外へ出ることは叶わず撲殺された。

 康介は、殺された少女の名を何度も呼びながら、ようやく逢える……待っててくれ、と楽しそうに笑って死んでいったらしい。

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