第4話 ローズマリーの肖像


 これは、僕がまだ駆け出しの記者だったころ……怪奇雑誌の原稿として独自で取材をしていた話である。


 とある女が、ある屋敷でハウスメイドとして働いていた。

 彼女は美しく、とても男好きのする肉体を持っていたために、好色家の主人は破格の報酬を条件に自分の愛人となるよう、嫌がる女と無理矢理契約を交わしたらしい。

 しかし彼女はとても明るく人の良い性格で、老年のものを手伝い、面倒な事を押し付けられても嫌な顔ひとつすることはなく、よく働き、周囲の人々は愛人として若さと美しさを消費され、捨てられるだろう、彼女の未来を憂い憐れんだ。


 ある日、女が案内されたのは華やかな屋敷の中でも一際……主人のそれよりも、もしかしたら高価で華やかな調度品が置かれているであろう部屋であった。執事は女を金の細工が施されたビロード張りの膝掛け椅子に触る、ひとりの少女の元へと案内すると、彼女に向かい恭しく挨拶をした。

 歳は……十四、五歳だろうか。彼女は艶やかな金髪を巻き、その上にレースとリボンで彩られたボンネットをかぶり、装飾をふんだんに使った豪勢なシルクのドレス、ストッキングと金の留め具を使った革の靴……まるで生きた人形のような装いである。

よく見ると、部屋の一角には彼女の肖像画が飾られていた。閉じた瞳はすみれのような紫色のようで、愛らしく……けれども妖艶な笑みを浮かべている。

呼吸はしていない。いや、しているのだろうがとても静かだ。

 目を閉じて、体はぐったりと力なく、眠っているかのような姿をしている。女が驚き、この方は?と聞くと執事は厳かに、このお屋敷のご令嬢だ。と紹介した。

 「体が弱く、もうずっと……目覚めているところは見たことがない。君には、お嬢様の世話係をお願いしたいのだ。主人からの呼び出しも、お嬢様を優先にして構わない。君にはとてもいい条件だと思うがね。」

 彼女がそれを快諾したことは、容易に想像ができるだろう。


 しかしその夜から、女の夢に少女が現れるようになった。

 はじめは妹のように甘え、女のことをなんでも知ろうとし、次第に自分のことを話すようになったらしい。

 春は薔薇やすみれ、夏はひまわり……あじさい、秋は金木犀…冬はそれらの花々を蜂蜜や砂糖で煮詰めたものを食べ、永遠に生きながらえる一族……自分はその末裔なのだが、今はまだ一族としては幼く夢の中でしか女と話すことはできない。と。

 毎夜夢の中で共に過ごす日々が増えていくと、だんだん、少女は女に触れるようになっていった。肖像画のように、愛らしくも大人の女のような……妖艶な笑みを見せ、まるで恋人にするように、情熱的に触れて甘く愛を囁き口付ける……女は少女に触れられるたび、主人に仕方なく奉仕している時には感じられなかった悦びを感じ、いつしか自分が少女に、強く恋焦がれている事を知った。

 目が覚めている間も女は少女と共に過ごすようになり、少女を着替えさせる間、その体や指の先、髪や……つま先に口づけ、夢で触れたように恍惚と彼女の体を愛でることもあった。


 それから半年後に、女は自室で遺体となって発見された。

 裸の胸にはふたつ、小さな針で開いたような穴があったそうだ。……その遺体は、葬儀の前に忽然と消えてしまったらしい。

 家族は嘆き悲しんだが、屋敷の主人はことを揉み消すために父親にお金と土地と爵位を与え、三番目の妹には王族との親交も深い貴族の嫡男との結婚を取り付けて、主人は妻と娘……件の令嬢と執事を連れて姿を消した。

 百五十年ほど、前の出来事である。





 そして僕は今、その女が消えた屋敷に取材へ訪れている。

 去年、長らく留守にしていた屋敷に持ち主の一族が戻ってきたのだそうだ。

 現在の執事は取材にも快く応じ、僕を応接間へと案内した。

 ハウスメイドが豪奢なティーセットと、豊かな香りの紅茶……鮮やかなすみれの花を煮詰めたジャムを、砂糖の代わりにガラスの器に添えて出したため、普段は紅茶に甘味料を加えないものの、それをスプーンでひとさじ混ぜて頂くことにした。

 ほのかな紅茶の渋みに甘やかで優しいすみれの香りが混ざり、とても甘美な味に思える。


 しばらくし、執事は一人の少女を連れてきた。

 彼女はすみれ色の瞳をし、豊かな金髪を巻き、装飾の施されたヘッドドレスと豪奢な天鵞絨のドレスを着て、美しいアンティークドールのようだ。彼女はにっこりと笑い、可愛らしくお辞儀をする。

 「ごきげんよう。あなたね、この屋敷の事で知りたいことがあるのは。何でも教えて差し上げてよ。」

 彼女曰く父親は早くに亡くなり、とても聡明なご令嬢はたったひとりの姉と協力し合いながら一族を守っているのだそうだ。

 そして、女の噂は知っているが、もうだいぶ昔のことなので、詳細は知らないとも、教えてくれた。

 それから二人でたわいも無い会話を交わしたが、少女はとても社交的で貴族という立場ながらも、僕の生活についてとても深く興味を持ってくれた。


 「ああ、お嬢様!いけません、このような仕事は我々が……」

 「いいのよ、あたし、ただ座って書類の作業をしているよりもこうして働いている方が好きよ。」

 部屋の外から声が聞こえる。少女は失礼、と僕に告げると部屋を出て、まるで淑女をエスコートする紳士のように、ひとりの女の手をとって戻ってきた。

 彼女は、ブルネットをまとめ上げて宝石の髪飾りをつけ、とても豊満な胸や魅惑的な肉体を主張するようにコルセットでウエストを締め上げた、古風なバッスルスタイルのドレスをまとった妖艶で美しい女だ。

 二人は僕の目の前で夢見るように見つめ合うと、恋人同士のように口づけを交わす。

 「ごめんなさいね、お姉さまは少しお転婆ですの。……私がいないと生きてはいけないくらいで……妹の立場としては、ずっと……こうして一緒にいてほしいのですけれども。」

 僕は、全てを悟った。

 少女と女は名残を惜しんだが、僕は余計なことを口にしないうちに早々に屋敷を出ることにした。

 おそらく、この記事は世に出ることはないだろう。

 これを目にした者たちだけの、永遠の秘密である。


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