第3話 少女の黙示録


 あるところにとても不幸な少女がいた。

 彼女は十七歳であった。

 母親は、若い男を家に連れ込み情交を重ね、少女が傷つく様子を見るたびに、そうやってお前は男を誘うのか、誰からも愛されないのも、みんなみんなお前が悪いのよ。と笑い、必要な食事も与えず、身に覚えのない事で責めた。

 父親は少女に幾度も暴行を加え、そして嫌がる少女の体に触れた。お前が悪いんだ、お前が可愛いから、とうわ言のように呟きながら。

 少女は人間が集団生活を送る場所では必ず、ひどいいじめを受け、終いには父親の違う五歳の弟も道端で転んでしまうたびに、お姉ちゃんが悪いんだ!と泣き喚く。

 少女は最初のうちは否定せずにいた方が楽であると考えていたが、次第に、本当に自分が悪いのだと思うようになってきた。この世の争いや嫉みや色々なことは自分が悪く、自分がいなくなればそれらは全てなくなるのではないかと。

 そして少女は自分で自分を殺した。

 ある朝、頰に小さなにきびができてしまった日のことだった。


 天国で目が覚めると、神様はにっこりと笑って少女を抱きしめた。父親が少女にしてきたものとは違う、正しく親が子供にする抱擁。泣きじゃくる少女に神様は穏やかな声で事のあらましを語って聞かせた。

 はじめに少女は神の使いであると。神は自分の使いを地上に産み落とし、彼らが定められた寿命まで生きることが出来たら世界をほんの少しだけ良くし、寿命の前に自死をしたり他人により命を絶たれた場合は世界を壊すまでの期限を短くしてしまう事を決め、少女はその最後の一人……もう世界を壊すことは決まり、変わることはないと。

 天国はとても心地がよかった。皆、少女の心の傷を癒そうと懸命になってくれ、満足に食事も与えられなかった日々が嘘のように十分な量の食事も摂ることができる。心の傷が消えていくうちに、少女はたったひとり残した友人のことが気がかりになっていった。彼女は少女が周囲から孤立している間も変わらずにそばにいて、不幸な生い立ちではあったが唯一彼女だけが少女の心の救いであった。

 少女は神様に追いすがり、懇願した。なんとか彼女を救って欲しい、人類は悪いものばかりではないはずだと。


 彼女の夢に神の使いとなった少女が現れたのは、少女の全ての弔いを終えた日のことだ。少女が死んでも、母親は若い男と過ごして葬儀には出ず、父親は参列していた少女の同級生を金で買い、いじめていたクラスメイトはようやく死んだかと遺影の前で嘲り笑い、何一つとして変わったことなどはなかった。

 悲しむ友人に少女は夢の中で自分の正体と、この世界の終末を知らせ、そして恋人と共に高いところへ逃げ、終わった世界で子供を産み、育て、二人で神様から認められるような素晴らしい世界を作るようにと告げた。

 彼女は半信半疑であったが、恋人の少年はそれを信じた。そして二人で必要な荷物をまとめ、世界が終わる日…この街でいちばん高い灯台へ登った。

世界が終わるのはあっという間だった。謎の閃光が走り、あまりの眩しさに二人が目を瞑っている間に人間は全て、夢のように消え去っていたのだから。

少女はそれから幾度となく彼女の夢に現れ知恵を授け、彼女は聡明さと勇気でそれを役立て、少年は幾度となく困難が訪れても彼女を深く愛し、守り、助けた。二人の間には幾人もの子供が生まれ、孫が生まれ、二人は神の定めた寿命を全うして穏やかな最期を迎えた。

 少女は二人を天国へ迎え、二人は年老いた姿から少女と共に生きていた姿に戻り、また天国で恋をする……少女はそんな二人の睦まじい姿にほんの少しの羨ましさと共に幸せを感じていた。


 しかし、平和な日々はそれで終わりを告げる。

 二人の財産を巡って彼らの子と孫…わずかな人類が争いを始めたのだ。三人の少年少女達が嘆き悲しむのを尻目に、神様はいつもと変わらぬ様子で穏やかに言い聞かせた。


 「もう、十分に分かったはずだよ。君たちが異端で、おかしかったんだ。本当の人間は、これさ。見てわかる通り、とても生かしておいてはいけないものだ。ああ……人間を作ったことが、私の一番で唯一の失敗だよ。」


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