第2話 華世

 これは、ある少女の記録である。

 少女は名を華世といった。

 少女は物心ついた頃から、わたしたちが到底見ることの叶わないものを見ることができた。

 彼女は、とある財閥の男が見世物小屋で神やもののけ、ありとあらゆるものをその身に下ろし、占いをしていた絶世の美女を見染めて犯し、無理矢理妾として娶り生ませた子であったために、可哀想な身の上ではあったが幸運にも、異常が見られた頃から精神医療を専門としていたわたしの元へ診療に来ることができた。

 わたしははじめ、その不運な生まれが幼い少女の心に悪影響を及ぼしているものだと考え、少女を両親から引き離し全ての面倒を見ることに決めた。そして不安、興奮、それらさまざまな症状が出るたびに投薬治療を施し、妻とともに献身的に愛情を注いだ。

 わたしたちには子供がおらず、実の子供のように愛した。何より少女はとても愛らしく、少女もまるでわたしたちが本当の両親であるかのようによく懐いた。


 さて、彼女が見ているものの話に移ろう。

 彼女は悪魔や妖怪のほかに特別な……もう一人の、自分を見ることができた。

 それは内気な彼女の性格とは反対に、とても社交的で、そして蠱惑的で人を……特に男を惑わす才能に長けているらしい。少女が思春期になると、もう一人の少女は彼女の体の一部一部を愛した。

 それに関しては、わたしも見たことがあった。十五のある日、問診でのことだった。突然彼女は華奢な身を捩り、甘く鳴くような声を上げ始めたのだ。いや、やめて、と嫌がるそぶりを見せながらも、わたしの目には彼女が進んで、両の手で自らの身体を舐めるように愛撫し、わたしの目の前で自らを慰める痴態を見せつけているように見えた。

 もちろん、精神医療の世界においてそのような事は男女問わずよくあることであるため、何も不思議なことではない。

 しかし、今思えばそれも一つの兆候だったのだろう。


 問題はそれからしばらく経った日に起こった。

 少女が、妻の首を絞めていた。細く華奢な指を柔らかな首へ食い込ませ、ぎゅう、ぎゅうと、まるで鶏を締めているかのように。

 わたしは2人を引き離した。妻はすでに気を失っている。

 「ああ……どうして、どうして止めるの?先生は、あたしが嫌いになってしまったの?」

 震えた声で、まるでうわ言のように尋ねる言葉にわたしは応えることはできなかった。

 少女はその日から自室に篭り姿を見せなくなり、奇跡的に何も障害はなく一命を取り留めた妻は少女の世話をやめた。

 そして、少女は程なくして自室で手首を切り自死をした。

 以下が、彼女がわたしへ遺した手紙である。



 先生へ

 私が五歳の頃より、奥様と共に大切にしてくださり、本当に感謝をしております。それと同時に、奥様に乱暴を働いてしまったことを、深く、謝罪いたします。

 けれども、ひとつ言い訳をさせてください。それは、先生。あなたが全て悪いのです。

 私はいつの頃からか……あなたを、ひとりの男として愛していたのです。気づいていましたか?私の幻覚は十の頃にはもうなくなっていたのですよ。もう一人の私も、悪魔も、妖怪も今は私の心の中に棲みついて閉じ込めています。本来ならなにも治療などいらないのですが私は欲深い女ですので、ずっと、あなたの側にいたくて、嘘をついていたのです。

 それなのに先生。あなたのそばにはいつも奥様がいらっしゃる。私は奥様よりも美しいはずです。あなたが応えてくだされば、いつでも私はその身の全てをあなたへ差し出すつもりでした。

 けれどもあなたの一番は常に奥様なのです。

 だから私は、奥様を消そうとしたのです。

 そうすれば、私を見てくださると思ったから。

昨日、先生が奥様と睦み合っているところを見ました。あれが私ならばと、何度も考え、夢見て、叶わないと知り、絶望し、私はとても疲れてしまいました。

 あなたが手に入らない世界など、私にはいらないのです。

 先生、奥様は醜く歳をとって死んでいきますが、私は美しいままで死んでいきます。

 どうか、美しい私をずっと覚えていてくださいね。

 あなたの愛した人を地獄で呪いながら、永遠に、あなたを愛しています。


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