2話 異次元の異人
倉間はダイブという文字が目に刺さったのかと思った。
しかし、全身が緑色に溶けているように見えた所から刺さったのではなく、それに取り込まれていると気づいた。
その感覚は、恐怖ではなく、不思議と頭が冴えていくような感覚で、倉間は子供の頃、ミントガムを初めて食べたようなスーッっと爽やかなものを思い出していた。
緑になった倉間は気が付けば、また普段の世界のような色彩を取り戻し、どこかのゲームセンターの受付のようなカラフルな場所にいた。両手を見返して、握ってみる。きちんと感覚はあるようだ。
「ははは、凄い驚き様だな。そこまでデジタル恐怖症じゃ天才高校生探偵も形無しか」
「過去の話はやめろよ。俺はただの刑事だ」
倉間は舌打ちする。
「どうだ、この電子の世界は」
「吐きそうなくらい気分がいいよ」
「そうか、じゃ無知な探偵刑事君には色々教えとかないとな」
「そうしてくれ、俺も電子空間で消えたとか勘弁してほしいからな」
「改めて話しておくと、ここは電子仮想空間内だ」
「ああ、ゲームの世界ってことだろ」
「少し違うな、ゲームではない。現実の世界に近い部分が多い。脳を通して、電子世界に入り込んでいる。だから、死ぬときは死ぬぞ。
物理的にではなく脳死になるが」
「その話は聞いたことがある。このネットワークは、設立当初のテスターが大量に脳死した人間を出したとか噂があったよな。なにやら肉体と魂を切り離しても生きてられるかとか。逆に魂をいれかえて別の身体に移動させるとか」
「そういう噂ってのは、尾鰭がつくものだ。
魂だけ移動したところで、脳やら血液が違うのだから、拒絶反応を起こして終わり」
水坂は口をへの字にする。
「科学ってのは魔法みたいで俺にはわからん」
「それはつまり、倉間には私が魔法使いに見えるということかい」
「かもな、今は。科学なんて扱い方を間違えたらすぐ魔女になっちまうだろ」
「私はならないよ。じゃあ、魔女のとこまで案内しようか」
「魔女?」
倉間の疑問を無視して、水坂は受付の女性に声をかける。
「秋坂メンタル診療所まで」
「秋坂メンタル診療所ですね。只今、1時間半待ちとなっておりますが」
「国家技術庁の用事だ。いれてくれ」
「少々お待ちください」
そのまま受付の女性は黙る。数秒ほど静止し、また動き出す。
「かしこまりした。秋坂メンタル診療所まで、お届けします」
「ちょ、ちょっとまて、お届けするってどういうことだ」
「当サービスはトランスポートシステムを採用しております。詳細についてお聞きしますか」
「だめだ、話長くなるからまた今度な。今は秋坂んとこにいくのが先だ」
水坂が両腕でバッテンをつくってチョップしてきた。
「本当に大丈夫か」
倉間が小刻みに震えてるのを水坂は微笑う。
「科学を信じろ。じゃ連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
機能的な受付嬢の声と共に、視界は歪み、線が点になる。
「信じれぬばぁああああああ」
倉間の断末魔は電子分解でかき消されていった。
水坂と倉間は、芝生の上に立っていた。
「これ以上、あの感覚は味わいたくないな」
「君は帰りどうするんだ」
「……このままずっといたらどうなる?」
「生身の身体に戻れなくなって、電子幽霊だな」
「電子幽霊?」
「この電子の世界にしかいないやつを指す。秋坂も電子幽霊みたいなもんだ」
「電子幽霊みたいな?」
「聞きたいのか?」
「いや、聞いたところで頭痛くなるだけだ。秋坂診療所は、あそこでいいのか」
芝生が生い茂る先に、真っ白な一軒家がみえる。
「ああ、地味だが、あそこがそうだ」
「豪奢な建築がしてあるよりは入りやすくていい」
「それはよかった」
水坂は玄関につくと、チャイムを鳴らす。
チャイムはビービーと古き音を奏で、居住者を呼び出す。
家の中からなにやら声が聞こえてくる。
「誰だ、また水坂が来たのか」
家の中からはっきり聞こえてくる。
急いで向かってくるのがわかる音。
そして扉が開いた。
「なんだよ、水坂。患者がわんさかいるんだぞ」
「どういうことだ、双子か」
水坂と瓜二つと言ってもいい容姿をしている。しいての違いは髪型がポニーテールだった。
「いや、もう一人の私だ、正確に言えば私だったものだ」
「分裂してから私はもう別の個体だと思うがな。私は秋坂としての生を受けて短くはないだろう」
「とはいえ、元は私の一部。電子解析でコピーしたものを人間として精製したのだ」
「なるほど、それは違法ではないのか? いくら電子の世界とはいえ、人間のコピーは倫理的にも……」
「倉間は、法律を知らんのか。法律と事件って、どちらが先に起きてると思ってる」
「そりゃ事件があって、それに合わせて法律ができるもんだろ……わかった上でか」
「グレーな事ぐらいわかってるわ。でも私は、正しく扱えばいいと思ってる。秋坂はどうしても必要だった。電子ネットワーク内に長期滞在していれば、精神異常を起こすものだから。でも電子内での医療知識なんて誰が知ってるの? 私はそれができるけど、私自身は研究に忙しい。その時思ったのよ、私がもう一人いればメンタルクリニックを開業して、一人でも多くの人を助けられるって。果たして、現実世界のクローンと同じように、ネットワーク内でクローンのようなコピーを作った私は罰せるんでしょうかね。しかもこの私水坂を捕まえて徳なんてあると思う? 国益がないわ、国損! 大損失だわ!」
「このことは、誰かに知られてるのか」
「双子ということで世間には通してるわ」
「そろそろ、本題いいかしら、それに、ここは玄関先よ」
秋坂は退屈そうにわって入る。
三人は白い家の中へと入った。
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