未来科学省水坂の困難  オープンワールド編

新浜 星路

1 バディ

 静謐なこの部屋が倉間は嫌いだった。ついでにいえば、目の前の長門長官も好みではないのだ。

「倉間くん。君に特例だ。独立した任務についてもらいたい」

「はあ。どういった仕事で」

倉間はどうせまた、足を使った調査に呼び出されたと思った。この男、こう見えて高校時代は探偵として、迷宮入りかと思われた廃墟ビル連続殺人事件や、サンシャインビル毒ガス殺人事件の犯人を捕まえる程の手練だった。

が、それもアナログ時代の賜物。倉間も、スマホによる遠隔殺人や、サイバーテロ行為にはお手上げで、電子犯罪の増加に伴い、天才探偵は姿を消したのだった。今となっては、学生時代の功績により、刑事にはなったものの、その生活は退屈だった。

「まず、君には会ってもらいたい人がいる」

「はい、ご命令とあらば。で、それはどなたで」

「うむ、国家技術庁まできてほしい」

「はあ、ですが生憎、私はそういったものは

はしにも棒にもかかりませんよ」

「まあまあ、そういわず、君にしかできんことなのだよ」

「知りませんよ、俺は」

倉間は頭をかいた。


国家技術庁は、千代田区霞ヶ関にそびえ立つ、漆黒のビルにある。

 しかし、守衛一人も見かけず、入り口の表記すらない。

「や、どうやってはいんねん」

ビル相手に一人ツッコミをしてる間に、音声が聞こえてきた。

「へえ、あんたが倉間。意外とひょろいのね。まあいいわ、入ってきて」

目の前の黒い壁は、無機質な音を立てて倉間を飲み込もうとするブラックホールの様だった。

「へいへい、綺麗なお姉さんが歓迎、とかはないのね」

倉間が建物内に入ると、すぐ壁は閉まった。

「どんな構造してんだ、このビルは」

倉間は呟いただけだったが、それに反応する声があった。

「このブラックビルは、建物内でグラフィック投影を立体にできるようになっている」

唐突に、人が現れたかのように見えた。ポニーテイルに白衣の少女だった。

「うわっ」

倉間は驚き尻もちをついた。

「ははは、そこまで驚いてくれるとは思わなかったよ。やはり、君は科学に疎いんだな」

無邪気な少女の声がビル内にこだました。

「本当に映像なのか」

「ああ、触ってみてもらって構わない」

倉間は、手を伸ばし、その少女に触れようとする。

「いやあん」

少女が艶っぽい声を出す。

「ご、ごめん……じゃねえよ、ホログラフか」

「だからそう言ってるだろう。君は本当に面白いね」

「くそ、これだから科学は嫌いなんだ」

倉間の悪態を全く気にせず、

「まさか、天才高校生探偵倉間佳和と、こんな形でで会うとは思わなかったよ」

「君は誰だ」

「私は、国家技術庁の水坂星羅だ。立ち話もあれだ、案内しよう」

「水坂星羅……随分な挨拶の仕方だな」

「このような形で申し訳ないね。試したくてさ」

「ああ、そうだよ。俺は、科学の時代に負けて、警察官に就職したんだ」

「あの天才倉間が全くの機械音痴とはね。私の技術力がなんか申し訳ない」

水坂の悪びれのなさに倉間は毒気が抜かれていた。

「科学の天才水坂星羅か。確か今は、次世代の研究機関の創設に没頭しているときいたが」

「いやそれが、そうもいかなくなってね。ここは国家技術庁だからね。研究さえしていればいいというわけでもなく、国民の事も考えなきゃいけないんだ。めんどうくさい」

「今の面倒くさいは、公務員としてはだめなんじゃないか」

「まあそうなんだけど、君と私の秘密だ。私も研究費を出してもらって、好き勝手にやる以上、その代償として別件が回ってきてね。

あ、そこから動くなよ」

「ん、どういうこと……」

途端、床が抜けて、倉間は滑り落ちた。衝撃吸収用のシリコンが受け止めた。

「あぶねえ」

「危なくはないよ。怪我しない素材でできてる。それに防犯にはいいんだよ。ここは第一級機密。さらにいえばここは心臓部なのだよ」

「俺が心臓病持ちだったらどうすんだ」

「はっはっは、君がノミの心臓だったら終わりだ。でも、天才探偵がノミの心臓じゃ格好つかないだろう」

水坂は手を伸ばし、倉間を引き上げた。

「俺は警察官だよ」

水坂星羅は、まるで美女というよりは美少女だった。それは、最初に目に映った煌めくロングヘア、大きな丸みを帯びた目に、小さい唇から歯が少し見えていて、えくぼすら伺えるようなほどの少女性からかもしれない。

「ここでは堅苦しいことは言わないでね。当たり前のことは、<1+1>の様に当たり前で退屈だもの」

「はは……お手柔らかに。しかし、なぜ俺がこんな所に?」

「そりゃ勿論、君の探偵としてのスキルでしょ。数々の事件を高校生時代に解決したとなってはね」

「……俺はもう引退したんだ、俺のミスが……人を……」

「君が何があったかなんてどうだっていいよ、私は君のその力が必要なんだ。わかる?」

「簡単に言うね、天才さんは」

「君だって天才なんだろう。たかが一回何かあったぐらいで、悔やんでいたらなんもできないぞ。私なんて重要な研究データーをどっかにやっちまうことだってあるくらいなんだし」

「それは洒落にならない」

「まあ、私は人の未来のためになればいいやぐらいに思ってるからさ」

「……わかった。それでどんな事件を解決すればいいんだ」

「ネットワーク空間の電子事件さ」

「俺はそういうのダメって言ったろ」

「だから私がいるんじゃないか」

「いままでに事件担当したことは?」

「ないよ」

「論外だな」

「でも、私ほどの技術者と君ほどの推理力があれば、電子の事件だって解決できるだろう。私の技術力はわかるだろう」

「まさか、電子世界に没入しろとかいわないよな」

「そうに決まってるだろ。はやく準備するぞ。ドラッグを飲め」

「いや、俺は現実世界から捜査するよ」

「いいから飲め、先方は電子世界にいるんだから」

水坂は、ドラッグを倉間の口に詰め込む。倉間はしぶしぶ飲み込む。

「喜べ。最新のネットワーク機材でダイブさせてやるよ」

「俺はプレステで充分なんだが」

「刑事がくだらないこというな」

「いや、本当に勘弁してくれ」

倉間の狼狽が止まらぬうちに、ヘッドギアを取り付けられていく。

「よし、じゃあいくぞ」

「おいちょっとまってくれ、こんなちっぽけな機械で本当にいけるのか」

「私を信じろ」

「どんなやつが作ったって機械は信じられねえって」

「じゃあ私を確信しろ」

「無茶苦茶だ」

倉間のツッコミをスルーして水坂は準備を進める。

「えー、水坂オンラインをご利用頂きありがとうございます。当機は、ダイブ中に激しい揺れを感じますが、運行には問題ございません」

「おい!きいてんのか」

水坂は、無視してボタンを押した。

倉間のヘッドギアは「ダイヴ」という緑の文字を表示させる。

「うああああああああああ」

「れっつごう」

倉間の意識は二次元へ。




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る