第五話 『サイ』の暴走(一)

 林の中に佇む一軒の小屋。そこにはブルーシートが覆われており、警察や鑑識が忙しなく動いている。小屋の中には、死体が椅子に固定されていた。


「この光景を見ると、あの時の事件を思い出すな」


 仁科は思い返していた。三年前に起きた連続殺人事件。その犯人は屋上から飛び降り亡くなった。


 その犯人が事件を起こした動機がいじめだ。この事件も被害者は動けないように、椅子に固定されている。そこは同じなのだが……。


「仁科さん」


 物思いに耽っていると、後ろから声を掛けられる。振り返ると、後輩刑事の桜井が立っていた。桜井は視線を死体の方に動かすと、「うっ」と声を上げる。


 ――もう三年目になるんだから、いい加減この状態にも慣れてほしいものだ。俺はため息を吐いて、桜井に指示を出す。


「桜井、被害者の身元を調べてくれ」


 吐きそうになるのを必死に堪えながら、桜井は頷き現場を後にした。


 ――この時嫌な予感がした。この事件はこのままでは終わらない。そんな感じがしてならなかった。こういう時の予感は大抵よく当たるもんなんだ。


 仁科は現場を後にして、林の中を歩いていた。暫く歩くと林を抜けた。太陽の光が眩しい。仁科は目を細め周りを見ると、一人の男と視線が合った。


 その男は八月の暑い日には似つかわしくない格好で、仁科の前に立っている。


「何か事件ですか?」


 男はゆっくりとした口調で、語り掛けてきた。


「いや、まぁ……」


 ――民間人にあまり話す内容じゃない。


 俺は曖昧に返事をした。


「そうですか……。ということは、彼は一線を越えてしまったということか」


 ――こいつは何を言っている?


「何か、知っていることでも?」


 何かを知っていると思い、仁科は率直に尋ねてみた。すると男は不敵な笑みを浮かべた。


「さぁ?僕には分かりませんね。ただの通りすがりなので」


 それだけ言うと、男は去っていく。俺は視線を下に向けると、一枚の紙切れが落ちていた。その紙切れを拾い上げ、確認すると仁科は目を見開いた。


 そこには『死神』の二文字が書かれていた。


 ――死神?やはり俺の予感はあたっていたようだ。今回の事件には、あの男が関わっている。そう思い、俺は現場へと戻っていく。


        * * * *


 「早く起きろよ」


 そう言ってフードを目深にかぶっている男は寝ている男に向かって水を掛けた。男はビックリしたようにせき込み、周りを見渡す。


「ようやく起きた。俺はサイ、お前に復讐する者だ」


 サイと名乗った人物の言葉に反応し、男は視線を向けた。


「は?何言ってんだよ!お前、晴斗だろ?何してるか……分かってんのか?こんなこと蓮君に知れたらお前殺されるぞ!」


 相手はサイの言っていることが分からず、語気を強める。それもそのはずで、相手からしてみたらその人物は、晴斗に見えるのだから。


「さぁ、楽しもうか。この時間を」


 相手の言葉を無視するサイは、冷徹な笑みを浮かべて言い放つ。


 その言葉に相手の顔色が変わる。


 ――恐怖に満ちた表情だ。その表情がたまらなくいい。


 サイは相手に近付き、持っていた鉄パイプで顔面を思いっきり殴った。

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