第4話:諦めない心
「……ギキ?」
「……ギキ」
「……ギキ」
「……ギグギギ? ? ? ? 」
「なんでこいつら俺を見てる……?」
しかし、アイレが困惑した。ゴブリンはすぐには襲いかかってこなかった。
手にしたこん棒を見る限り、知能はある程度ある。それ故に何か未知の攻撃に怯えてるのかと考えた。
その時間はアイレに冷静な時間を与えてくれた。耳が痛い、肩が痛い。けれども、まだ生きている。
何度も病院で『死』と戦った。生きる可能性がなかったとしても、絶望を相手に生き抜いた。ヴェルネルとレムリと会うまでは諦めな――
――思考を止めるな。できる事を考えろ。あいつは俺の頭を目がけて武器を一直線に振り下ろしてきた。
その隙を狙えばやれるはずだ。……そのためにはどうすればいい?
瞬間、アイレは駆けた。今の体力と怪我の重さは自分が一番理解している。逃げ切れると思っているわけではなく、勝つための逃避だった。
獲物が逃げれば間違いなく追いかけてくる。だけど、反射神経には個人差がある。もしてや同胞が倒れているなら、それに駆け寄る者もいるかもしれない。根拠はない。現状で導き出した最適解だと思ったからだ。
同時に小川からは離れる瞬間、ゴブリンに首に刺さっている鋭利な木の矢を抜き取っていた。
心臓の鼓動と呼吸が全身を駆け巡る。
およそ百メートルほど森の中に走った時、アイレは勢いよく振り返った。
そして――視界に捉えたのは二体のゴブリン。常人ではない速度で追いかけてきているものの、狙い通りだと唾を飲み込んだ。
理由はわからない。だけど――
「かかってこい! 化け物が!」
アイレは吠えるように叫んだ。生まれてはじめての明確な殺意を抱いている。
左手に持っていた木の矢を強く握りしめて、ゴブリンに距離を詰めた。
「ギギイイイガ!?」
ゴブリンはアイレの予想外の行動に驚いたのか、隙だらけでこん棒をアイレの頭に振り被った。
「見えてん――だよ!」
アイレは攻撃を紙一重で躱した。千切れかけの耳から血がブシュッと吹き出ても、痛みは感じていない。
そのままやり過ごすと、仲間の体に隠れて見えていなかった二体目のゴブリンの顔面に目がけて鋭く突き出した。
「ギッガアアアアアアアアアア」
全く予想外の攻撃だったのか、ゴブリンは直撃して金切声を上げた。耳をつんざくような悲鳴がアイレの耳に響く。
地面に倒れ込むと、痛みからかのたうち回る。
すぐに後ろを振り向くと、最初に攻撃を放ってきたゴブリンが続けざまに攻撃をしかけてきた。
アイレは避けようとしたが、想像以上に早かった。避けきれないと判断して、
「くそっ!」
咄嗟に右肘で受ける。――骨がバキバキになる音が脳に響いた。生まれて初めて聞く鈍い音だった。
「がああああああっ――」
耐え難い衝撃と痛みで膝から崩れ落ちると、ゴブリンは勝ったと言わんばかりに嬉しそうに奇声をあげた。
その瞬間、アイレの後ろから別のゴブリンの悲鳴が聞こえた。おそらく、残りの二体がようやく追いついてきた。
絶体絶命――
「……ちきしょう……」
しかし、アイレの瞳はまだ生きている。こんなところで死ねないと、再び放たれたこん棒から一切目を反らさずに、残った左腕で受けようとした。
「負けねえ!」
――ヒュン――。
すると、ゴブリンの頭に白い光が『通った』。わけもわからず凝視していると、ゴブリンは緑の血を噴き出して倒れる。まるで弾丸を受けたかのように一瞬で絶命した。
「な、なんだよこれ……?」
その光は朽ちることはなく、アイレの前でビュンビュンと音を立てると、地面でのたうち回っていた二体目のゴブリンの心臓に直撃した。
ゴブリンは小さな唸り声だけを上げてピクリともしなくなる。
「どういうことだ…‥‥」
アイレの視界がぼやけてくる。出血多量と精神が限界を迎えて、その場に倒れ込んだ。最後に見えたのは――
目の前に立ち塞がった黒いコートを着込んだ謎の――人物だった。
そして、残りのゴブリン二体がアイレの前に到着した。しかし、謎の人物の手前で止まる。
ゴブリンはその人物を警戒して距離を取っているようだった。
「…ギキ?」
「…ギッッキキイッッイイッッイイイッッイイ!」
しかし、鼻をくんくんとさせて、血の匂いを嗅いで興奮したかのように突撃した。黒いコートの人物は――
「黙れ。ゴブリン」
言葉を吐き捨てると、背負っていた鋭い鎌を構えて目にも止まらぬ速度でゴブリンを同時に薙ぎ払った。
ゴブリンの首は緑の血を空中にまき散らしながら、まるで何が起きたのかわかってないかのような表情のまま地面に転がった。
そして、黒いコートの人物は空中で鎌に付いた血を拭うために空振りした後、意識を失って倒れているアイレを見た。
「……待っていたぞ。アイレ」
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