平行世界で俺は死ぬ.exe

【このファイルを開く方法を選んでください】


再生しますか?

→はい

 いいえ


***


「モアちゃんモアちゃん」


 気付けば俺は研究室にいた。まだ地震が起こる前のようだ。だから、安藤が生きていてもおかしくはない。ただ、――ユニが呼びかけて振り返ったその顔は、俺の知っている安藤ではない。体型も全然違う。俺の知っている安藤は、ここまでスリムじゃあなかったよ。


 でも、ユニは間違いなく「モアちゃん」とその女性に言った。

 この部屋に、ユニと安藤(仮)の他に女性はいない。


「カレピッピを借りてもいーい?」


 安藤はユニの研究室の男のパソコンの画面を熱心に覗き込んでいたが、ユニに「いいぞ!」と返事をする。なんかのゲームの画面だ。何のゲームかは、俺が詳しくないからわからない。男はリズミカルにキーボードを叩いて、キャラクターを操作し、銃を構えて発砲する。敵の頭に弾が命中して、敵は跪いた。その敵を助けださんと、他の敵が現れる。二人揃ったところで、男の操作しているキャラクターが火炎瓶を投げつけ――


「このから言いたいことがあるんだよって言ってんのに、さっさと来んかーい!」


 つい画面から目が離せなくなってしまっていた。

 この研究室にこれだけゲームをやりこんでいる風の人間がいたなんて知らなくてさ。


 ユニに急かされて、俺は、俺の主観では四年ぶりにユニの部屋に入る。……内部の様子が、俺の記憶と食い違った。俺とユニが抱き合ったあの部屋より、なんだか片付いていて小綺麗に見える。本棚に並んでいる専門書のラインナップも違うような。まあ、細かくは覚えてないけども。


「まあまあ、そこに座って」


 促されてソファーに座った。最近のユニは、俺と目を合わせようともしない。というか、ユニは『ピースメーカー』計画の副産物たるオルタネーターを加工した人類用の保存食を全国に流通させるために、この四年プラス現在に至るまで政府と交渉中らしい。そもそも四方谷さんが時点で、そこに安藤の魂を定着させればいいのだから『ピースメーカー』計画は完遂したようなもの。なのに、まだやることはあるんだってさ。


「短期間だけ塾のバイトをしていたことがあるのん」


 俺にもそのオルタネーターの肉を加工して作った缶詰の話をするのかと思えば、思い出話をされている。俺は「バイトしそうに見えないけど」と思ったままのことを言う。ユニなら塾講師のバイトよりもっと効率のいい稼ぎ方があるだろ。


「めっちゃセクハラしてくる塾長がいてやめぴっぴした」

「ああ……」


 されそう。ペットボトルの蓋を開けるのにも難儀する非力さ、150センチメートルもない身長に、スイカみたいな巨乳。顔もチワワみたいなうるうるの瞳がチャームポイントな可愛さ。


四方谷真尋よもやまひろっていう教え子がいたのん。引っ込み思案で、おどおどしてて、なんだか放っておけなくて、ラインを交換して仲良くなったのよーん」

「四方谷?」


 四方谷さんの近親者、なわけないか。

 四方谷さんの四方谷は自分でつけたものだし。


 そもそも、四方谷さんは第四世代のオルタネーターであって、人間とは違う。

 人間の基準の親族だとか家族だとかの存在はない。


「しらばっくれるじゃーん?」


 わかっているくせに、みたいなニュアンスを感じ取って「……何の話?」と返す。

 はぐらかしているつもりは一切ない。


「人間どこでどう繋がっているかわからないもんでえ」


 ユニは胸ポケットから携帯端末を取り出した。それだけ胸が膨らんでいると携帯端末も収まりが悪そう。気付かないうちにどこかへ転がり落ちてそうだよな。


「私は真尋まっぴから参宮拓三お前に関する相談を受けている。これからどうすればいいか、ママにはなんて言えばいいか、助けてほしい、ってな」


 ……ああ、はいはい。

 思い出した。


 真尋って後妻さんか。


 後妻さんは後妻さんって認識だったからそういう名前だってすっかり忘れてたよ。俺の名前が出てこなきゃ、この会話、俺のほうはずっと疑問符しかなかった。記憶の奥底に埋もれすぎてたな。いや、本当にさ、人の名前を覚えるのが苦手なんだよ。俺にとっては、覚えている必要を感じないから。


 後妻さんは、後妻さんであって、ひいちゃんの母親だっていう、そういうポジションの人間だろ。


「で?」

「おー? おーおーおー? そう来る?」


 ユニはいつになく煽り口調だ。こんな人だったっけ。こんな人だったような気もしてきた。


 クソがよ。


「私はお前のことが嫌いだよ。モアちゃんは仲良くしてほしいみたいだけど、私はお前が真尋まっぴに何したか知ってるかんな」


 ……いや、待て。

 以前のユニの発言と今のユニの言っていること、食い違っちゃいないか?


 ユニはあの情報漏洩産婦人科医から後妻さんと俺とのことを聞き出したんじゃあなかったっけ。遥か昔の記憶だから、流されそうになっていた。目の前のこのユニは、後妻さんから直接聞いたみたいな話をしている。直接聞いていたんなら、時系列順に整理して、俺が最初にユニに会いに研究室を訪れた時にはもうすでに知っていたんじゃあないのか?


「ユニ」

「やば。弐瓶教授って呼べよ」


 ん、ああ、……? あれ?


「あるいはって言うべきじゃーん?」


 頭が痛い。


「ひとつ、真実を教えてあげよう。として」


 ……。

 ……。


「父親である参宮隼人さんぐうはやとを殺害し、君は父親殺しの罪で逮捕された」


 違う。

 父親アイツは事故で、シノバズ池に突っ込んだ。


「本当の君は、拘束具を着せられて、隔離病棟で世界を呪い続けている」


 違うよ。

 なんてことを言うのさ。


「自らの生い立ちや境遇を恨みながら、


「もしも願いが叶うなら」


「このつらく悲しい現実から」


誰かひいちゃんが」


誰かアンゴルモアが」


「可哀想な自分を救い出してくれると」


「ずっと、ずっと」


「夢を見ている」


【ゲームを強制終了しますか?】


「私は医者として、君を治してあげたい」


【セーブデータを読み込んでいます】


「やれるだけやってみるよーん」


【少々お待ちください】





SeasonYに戻りますか?

→はい

→いいえ

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