第79話 大天才育成計画
教育システム自体は第二世代とさほど変化はないらしい。かつてのこの国の人類が義務教育として、基礎教養を身につけさせていたように、研究員が教師としてホワイトボードの前に立つ。オルタネーターは人間の代わりに業務をこなさなければならないのに、言葉を理解できないと指示は通らないから。
人間が上位種であり、オルタネーターはその命令を忠実にこなす代役。だから、
第三世代は生産終了になったわけではない。第四世代の安定した生産が可能になるまでは前線を張り続ける。第二世代と過ごした教室――もうはるかに昔のことのように思える――には、老若男女のオルタネーター第三世代がいた。
五代は四方谷さんに「こいつはあんたと同じぐらいの子どもを虐殺したんやで」と余計なことを吹き込んだ。対して四方谷さんは、最新のオルタネーターである第四世代の誇りか、あるいは一般的な人間とズレてしまった感性からか「出来損ないの第二世代は死んで当然だろ」と答えている。その時の五代の顔はどことなく悲しそうに見えた。まあ、目も細くて感情がわかりにくってのはあるけどさ。第四世代の製造に、全く関わっていないはずがないのにな。
俺が不在の四年間に進歩した点もあった。ヘッドセットのようなヘルメットのようなものを頭から被せて、目の部分まで覆い、視覚情報と電磁波にてオルタネーターの脳に直接データを叩き込むことが可能になっている。なんだかSF映画みたいだな。
四方谷さんが日本語を流暢に操り、ある程度常識を身につけているのは後者の学習装置のおかげ。
「助手!」
自室の扉が開いて、四方谷さんが入ってくる。四方谷さんは俺に自分を、自分が決めた名字である〝四方谷さん〟と呼ぶように命じ、自分は俺を〝助手〟とあだ名するようになった。俺は大天才の助手らしい。いいと思う。
俺は自ら人生を選ぶのではなく、誰かの望むように生きていくのが性に合っていて、今は大天才についていけばいい。
大天才が大天才であるように、俺は大天才の助手として大天才を大天才たらしめていく。
「出かけるんだったよな?」
「そうだよ」
第四世代は第四世代で集められた教室がある。まだ市井には秘匿されている存在。第三世代より有能で幅広いシーンでの活躍を期待されている最新型。それでも通常の学級と同じように授業がありテストなどもある。
大天才と豪語する四方谷さんを名実ともに、自他ともに認める大天才とするにあたり、この『テストの点数』は客観的なデータとして有用だ。成績は張り出される。
だから俺は、四方谷さんに配られる試験問題を差し替えることにした。他の個体への出題より、易しい問題を並べる。試験問題は回収されてこちら側で破棄されるし。
大天才を自称するだけあって、問題文中に答えを紛れ込ませれば目ざとく発見していた。
出題する側の俺が楽しくなってくるぐらい。こんなのテストじゃあないよ。間違い探しの領域だ。
「その……」
「何?」
急にもじもじして「外に出てもおかしくないか?」と視線をそらした。大天才らしくない。
今日は当然の如く好成績を収め続ける四方谷さんを連れて服を買いに行く。
第四世代オルタネーターの四方谷さんが二の足を踏む理由としては『第四世代は
オルタネーターが社会の歯車となっている現在、オルタネーターのような存在を開発して一儲けしようとする人間がいる。第三世代をまさしく奴隷のように売買したり、中身をバラしたりして利益を得ようとする人間もいた。オルタネーターは人間の姿をしているだけで、法律上も人間扱いされないからだ。
「どこからどう見てもかわいい女の子だから大丈夫だよ。連れ去られそうになっても、俺が守ります」
四方谷さんにはこのままでいてほしくて。成長しなくていい。
俺は第四世代のクラスだけに配られる成長促進剤の中身を、四方谷さんの分だけ入れ替えている。同じ色のジュースに変えておけばバレない。
みんな嫌々飲むのに一人だけ豪快に飲み干すので疑われてはいるらしいけどさ。
俺の知る、ひいちゃんの姿でいてほしい。
「いや、そうだけど、そうじゃなくて」
「金なら俺が出しますけど」
どうせ使い道なんてないし。
大天才は言いづらそうな顔で「この格好で浮かないか?」と聞いてくる。
施設の外は、年中真夏の気候だ。恐怖の大王がひと暴れしてから、この国に四季はなくなった。
第四世代は皆お揃いの体操着を着用している。まあ、普段着とは言い難いな。買い物に行く服がない。
「上から俺のコートでも着ます?」
「でかいだろ」
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