第80話 幼少期の終わり

 大天才のおっしゃる通り、コートを着せたら歩くたびに床をされてしまったので、腹が隠れる程度の着丈のパーカーを着せたらちょうど膝が隠れるぐらいになった。まあ、あとは四方谷さん次第。こういうカジュアルなワンピースです、みたいな顔をして外を歩けばいい。


「ほら」

「?」


 右手を差し出されて「あたしがはぐれたらどうすんだよ」と吐き捨てられた。

 要は手をつなぎたいらしいので「はいはい」と応じる。


「ふん」


 プイッと明後日の方向を向いていても、足取りは軽やかだ。オルタネーターに犬みたいな尻尾がついていたら、ぶんぶんと振っていそう。あいにくそんな付属品はついていないけども。


 人間とオルタネーターで男女二人組という組み合わせで、恋人のように手を繋いで歩いている姿は、市井の人々からすると奇妙に映るらしい。ジロジロと見られる。人間は人間で集まって、オルタネーターはオルタネーターで固まって行動しているようだった。目には見えないが確実にされている。


 百貨店の裏側にはオルタネーター専用の出入り口があり、これから業務に向かうであろうオルタネーターが一体入っていくと、上下左右から消毒液が噴射されていた。オルタネーターの第三世代は身長が低いから、この出入り口も天井が低めになっている。第四世代が普及したら作り直されるんだろうか。


 次のオルタネーターが入っていき、同じように消毒液まみれにされているのを眺めていたら四方谷さんに「そんな珍しいもんでもないだろ」とイラつかれてしまった。俺との買い物を楽しみにしていたのに、目的地の目の前にして俺が立ち止まっているからさ。


「四方谷さんに言ってませんでしたっけ。俺、ウラシマ状態なんですよ」


 オルタネーターは犯罪を犯さない。だから、刑務所にいた頃の俺の周りには人間しかいなかった。五代の話をまるっと信じていなかったわけじゃあないけども、実際にこの目でオルタネーターが一般化した日常を目の当たりにすると、それこそ、竜宮城刑務所で過ごした約四年が異世界の出来事のように思えてくる。


 人類の滅亡の危機は『ピースメーカー』計画により生み出されたオルタネーターにより、回避された。事実、人口はV字回復し、オルタネーターによりありとあらゆる――荒れた国土を復興し、国家間の争いに至るまで――諸問題は解決している。代わりに、人間とオルタネーターとの差別が発生している、ような。まあ、人間にとってのオルタネーターは道具であって、同じ生命として法的にも認められないわけで、人間同士の醜い戦いが起こるよりは、不平不満の捌け口としての奴隷階級オルタネーターが存在していたほうが、幾分、平和的なんじゃあないか。


 そう思ってしまう。


 本当にそうだろうか。


「あたしも、外の映像を見たことはあんだけど出るのは初めてだな」

「いろいろ見て帰りましょう」


 従業員のオルタネーターは事務的に、一組の客として俺たちを処理した。


 オルタネーターに洋服を買い与えるなんてとんでもない、と通りすがりの人間が視線で諌めてくる。四方谷さんは背丈も低いし、第三世代のオルタネーターと間違えられてしまっているのかもしれない。俺としてはこれ以上伸びてほしくないし、このままでいいんだけども。


 というか、人間の方々はどうやって人間とオルタネーターとを見分けているんだろう。他の研究員に訊ねたら「臭いで分かりませんか」と怪訝な顔をされてしまった。俺の鼻がおかしい可能性はある。四方谷さんの体臭を嗅ごうとしたらとんでもなく嫌がられたので、どこがどう違うのか具体的にはわからない。あるいは第四世代になって解決したんじゃあないか。におい以外の手段で人間とオルタネーターとを、――それなら、ここまで俺たちが奇異の目で見られてきた理由がわからないな。


「買い物、楽しいな!」


 どうだもこうだも、四方谷さんはひいちゃんに似て可愛いので何を着ても可愛いから「いいんじゃないですか」と返していたらあれもこれも買わされることになった。まあ、他に使い道がないからいいんだけど。帰る頃には日も暮れている。厳格な門限はないとはいえはしゃぎすぎな気はした。


 ユニの口添えで逮捕される前と全く同じ役職を与えられている。セキュリティカードも、同じものが渡された。受け取ったその日に元音楽室に向かい、安藤もあが未だに眠っているのを確認する。押収されたはずのS・A・Aはピアノの中に戻されていた。ユニ以外にこの場所に戻すような人はいないだろうけど、なんでわざわざここに戻したんだろうか。聞こうにもユニは忙しくて俺なんかと話してくれねェし。俺が受け取ったものだから、俺のものなので回収しておく。


 五代とユニとで、ユニのほうが立場が上なんじゃあなかろうか。

 外向きに、男性の五代が代表者としていたほうがうまくいくからってだけで。


 今回の件も、本来なら四方谷さんは研究施設Xanaduの外に出てはいけないけども「ユニが許可した」と言えば納得してくれそうなのでそれでいく。


 そういえば、五代が兄として俺をとしているのは事実らしい。一週間に一度、俺の部屋を訪れる。何の病気かは「教えたところであんたは自分を信じるんか?」と言われてしまって聞けていない。実際そう。命にかかわる重度のものであろうと、大したことない軽度のものであろうと、ウサギさんを奪い取った五代の言葉をはいそうですかとは受け取れない。返してほしい。


「治ったらな」


 謎の病が治ったらウサギさんを返してくれるというから、山盛りの錠剤を差し出されて飲んでいるけども、飲むだけでおなかが膨れる。何の薬なんだこれ。


「注射のほうがええか?」

「治るのが早いほうで」

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