第81話 ガールズオブリバティ

 男子トイレに入ったらオルタネーターが繋ぎ止められていた。両手首に手錠があり、右と左とでそれぞれ壁に固定されている。五代が許可するとは到底思えない。ユニならなおさらだよ。座った状態で、衣服は身につけていない。目隠しをされて、口には雑巾のようなものを巻き付けられて塞がれていた。時折、うーうーと唸っている。


 俺が戸惑っていると、後ろで「げっ」と声がした。振り返る。こいつの名前は覚えていないが、白衣を着ているので俺と同じここの研究施設Xanaduの研究員の一人だろう。名札を首から下げる決まりがあった気がするけども、こいつが守っていないからノーヒントすぎる。元々俺は人の名前を覚えるのが苦手なんだよ。俺がいるのを見て「げっ」とか言ってくるようなやつの名前は特にな。


使ならどいてくんない?」


 壁際のオルタネーターが身をよじって、逃れようとした。

 俺に何ができるわけでもないし、こいつの態度からして俺の先輩な可能性があるので「どうぞ」と一歩退しりぞく。


 第三世代のオルタネーターの初期型には、生殖機能がついていた。優秀なオルタネーター同士の交配でより優秀なオルタネーターを作成しよう、という長期的な目標があったからだ。この目論見は、一人の男がオルタネーターを愛してしまい、そのオルタネーターを連れて逃亡してしまったことでご破算となる。


 人間と、たるオルタネーターとの混血を、認めるわけにはいかなかった。もし許してしまえば、その子に人間の法律を適用するのか、あるいはオルタネーターとして取り扱うのかでまた論争が始まってしまう。男と第三世代初期型オルタネーターは処分され、更には既に生産済みであった初期型のオルタネーターは全廃棄となってしまった。大損害だけども、早めに手を打ててよかったと見る向きもある。


 以降、生殖機能は削除されて、部品だけはついている――男性のオルタネーターは男性器を模したものがついていて筋肉量が女性に比べて多く、女性のオルタネーターには女性器を模したものと穴はあって胸が膨らむ――ようになった。


 第四世代はどうなんだろ。四方谷よもやさんは幼児体型だし。俺に向けられているのは恋愛感情じゃあなくて、という関係性でロールプレイングしたがっているような。他の第四世代のオルタネーターは、とってもまずい成長促進剤が適切に働いて中学生ぐらいになっているから、そっちに聞いたほうがよさそう。


 と、ここまでのオルタネーター史を思い起こし、このオルタネーターは性処理係として何者かがものだと理解する。

 上の二人五代とユニには無許可で。


 天井からはここが男子トイレだというのに監視カメラが吊り下げられていた。オルタネーターと行為に及んでいても映り込まないよう、うまいこと死角となっている。後ろめたさがなせる技か。


 五代にはバレそうなもんだけど。

 あの人もここのトイレ使うかもしれないだろ。


「参宮サン?」


 暗に出てけって言われているっぽい。俺は「どうぞごゆっくり」と言っておいた。出てから当初の目的を思い出して、多目的トイレのほうに入る。


 男性トイレに監視カメラがあるぐらいだから、食肉加工場にも監視カメラはあるだろ。となれば、俺が第二世代のオルタネーターと対峙したあの一部始終が可能性は高い。触手がカメラに気付いて叩き壊していなければの話にはなるけども。そこまで周到にやってくれてはいないか。


 俺が全部やったことになってんのかな。

 俺は悪くないのにさ。


「お洋服が可哀想だと思わないの!?」


 第四世代のオルタネーターが集められた教室から、罵声が聞こえてくる。


「そのお洋服は、人間のために作られたものでしょお」

「オルタネーターが着るなんて言語道断よね」

「そうよそうよ! 恥を知りなさい!」


 そうなるのか。

 第四世代にもなると、差別意識がこういう形で顕在化するのか。


「あたしは大天才なんだ! あんたらとは違う!」


 輪の中心部で、四方谷さんが吠えている。

 俺が買い与えたものを早速着ていた。


 他のオルタネーターたちには支給の体操着しかないもんだから、そりゃあいじめられるよ。

 知恵を働かせたらわかりそうだけど。四方谷さんには妙な矜持があるからな。


「来い」


 扉の前で立ち聞きしていた俺の二の腕を引っ張って、ユニは教室に入っていく。教室内の様子に気を取られていて、廊下にユニが現れていたことに気付かなかった。ユニも授業することあんのな。出席簿のようなものを小脇に抱えている。


「助手!」


 四方谷さんが驚いて目を丸くした。

 まあ、ここに現れる時間じゃあないもんな。


「みんな座って座ってー、授業を始めるよーん」


 教壇に立ったユニが呼びかけると、四方谷さんを囲っていた輪が崩れていく。

 俺も授業を受ければいいのか?


「四方谷さん、あの」

?」


 俺は四方谷さんにケガがないか訊こうとして、ユニが反応した。そういやユニの前では初めてか。ユニは「いま、この子を四方谷って呼んだのん?」と確認してくる。


「ええ、まあ」

?」


 なんだろ。

 気になる言い回しをされている。


参宮一二三さんぐうひふみに激似なのは、わかってんだけどさーあ」


 ユニは携帯端末を取り出して、一枚の画像を俺に見せてきた。父親アイツと後妻さん、俺とひいちゃんとで写っている写真を撮った写真だ。写真は、後妻さんの実家に置いてきたはず……?


「なんでこの写真を?」

「安藤もあの遺体を回収するときに撮ったのよねん。ひいちゃんを作んなきゃなのに、肝心のひいちゃんの顔がわからんちんだとダメじゃーん?」


 この四年間のあいだ、ユニが俺の目的を達成すべく動いてくれていた証拠が提示された。あんだけ俺のこと嫌ってたのにな。ツンデレか? ストレートに愛情表現をしてもらえたほうがこっちとしてはありがたいんだけども。めんどくさくない?


「さっきの見ててよーくわかったと思うけどけど、オルタネーターであるうちは、オルタネーターらしくさせといたほうがいいよーん」

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