そして 聖者は 嘯いた

第100話 His Story

 俺が落ちた先はなんらかの巣だ。床は細い枝が組み合わさって作られていた。白くて楕円形なタマゴに囲まれている。俺と同じぐらいのサイズ。……タマゴにしちゃでかいな。幸いにも親鳥はいないようだし、見つかる前においとまするとしよう。


 こんな大きさのタマゴを温めるような親鳥、どんだけでかいんだろ。


 興味はあるけど、転生してさっそく死んだら四方谷さんに合わせる顔がない。ただでさえも四方谷さんには嘘ばっかり教えてきたわけじゃん。最後には信じてあげられなかったし。……それでも四方谷さんが会いたいって言うのなら、俺は会いに行かねばならない。神からは四方谷さんに感謝しろって言われたし。


 というか、これはでいいんだよな?


 女子高生だった頃の弐瓶柚二にへいゆにに同じく、ゲームマスターの神のごとき力によって『Transport Gaming Xanadu』の世界に転生した。


 で、合ってるよな。


 俺はアンゴルモアに――ひいちゃんの姿をした第三世代のオルタネーターに――首をひねられて殺された。頭と胴体が離れたにもかかわらず、意識はあったけども。


 意識不明とならなかったのは〝コズミックパワー〟で延命させられていたからじゃあないかな。ギロチンで切断された首がちょっとの間だけまばたきするような現象とはまた違う。


 あのまま、自由に身動きの取れない生首の状態でいるよりも『Transport Gaming Xanadu』の世界のほうがマシだろ。

 四方谷さんもいるし。


 メインクエストを確認するべく、神から支給された携帯端末で『冒険の手引き』を開こうとする。

 立ち上げる際、画面に自分の顔が反射した。


「若返ったな、俺」


 晩年の自分の顔や肉体は見るに堪えない姿となっていたので、こうやって自分の相貌を意識的に確認すること自体が久しぶりだと思う。アンゴルモアと出会う前ぐらいまで、時間が巻き戻ったような感じ。


 四方谷さんが俺だってわかるのか心配になってきたよ。


「……まあ、会った時に考えよう」


 アプリ一覧の中に『ワールドマップ』があった。

 最初に和風都市ショウザンって場所へと行かねばならないのは神から聞いているし、その和風都市ショウザンの場所を把握しないと。


「なんだ、近いじゃん」


 俺は『ワールドマップ』を開き、現在地を確認した。ここから北へと進んだ場所にある。神も気を利かせて近場に落としてくれたのかな。


「なー?」


 携帯端末をポケットにしまって、……なんか今、声しなかったか?


「なー! なー!」

「ひっ!」


 二足歩行の白いウサギが、俺の前に現れていた。立ち上がり、その後ろ足でその体躯を支えているようだ。


 もうウサギは懲り懲りなんだよ……。


「なー、うー、うなー」


 日本語は喋ってくれないようだ。そりゃそうか。流暢に日本語で会話されたら俺は腰を抜かしちまうな。ウサギが二足歩行ってだけでもう逃げ出したいけど。体長、俺と同じぐらいあるし。


「うー?」


 首をかしげて俺ににじり寄ってくる。俺の背後には巣とタマゴ。この白いウサギの持ち物か? ……いや、ウサギは卵生じゃあねェし。一羽、二羽で数えるけどさ。


 白いウサギがこの巣のあるじだとして、彼女――メスかどうかもわかんねェけど――が巣から離れている間に、俺はここに落ちてきたと仮定しよう。戻ってきて、見ず知らずの人間がいる。俺は悪くない。タマゴに危害を加えてもいない。触ってもいない。触らぬ神に祟りなし、って言うじゃん。


「うー! うー!」


 白いウサギが右ストレートを繰り出してきたので、間一髪で「わっ!?」と上体を反らして避ける。あぶな。カンガルーみたいなパンチだな。実際のカンガルーのパンチ見たことねェけどさ。


「俺は何もしてない!」


 弁明する。通じたか通じてないのかわからない「なー! うー、なー!」という鳴き声で返事をされた。


 逃げたい。逃げたいが、巣の出入り口を塞ぐように白いウサギが立っている。脇の下をかいくぐって脱出する他ないか?


 もしくは、神からの支給品であるカードを使用する。各種類三枚ずつしかねェから、できれば節約したい。白いウサギ、話が通じないだけでそこまで強そうには見えないし。


「うー! うー!」


 俺の心の声が漏れて聞こえていたのか、今度は左ストレートが飛んでくる。しゃがんで避けた。訂正します。強いじゃん?


 そういや、神は俺にというジョブ――このMMORPG『Transport Gaming Xanadu』内での職業――を割り振っていた。テイマーは『手懐ける』のテイムだろう。手懐ける人テイム+er。そうであってほしい。携帯端末を再度取り出す。


 自分の『ステータス』から、テイマーが使用できるスキルの一覧を表示した。



 一番それっぽいのを言ってみる。スキル名としては『説き伏せる』になる。他の『撫でる』とか『鼓舞する』とか、この辺はテイムしてから使用しそう。


「なっ!」


 ウサギが硬直する。上手いこといったらしい。その証拠として『ステータス』に《テラーラビット》の欄が増える。


「これでペットにできたってことかな……?」


 俺は『冒険の手引き』を開いた。テイマーは『フィールド上のモンスターをペットとして使役して戦うジョブ』とある。ペットのいないテイマーは『説き伏せる』で好みのモンスターをペットにするところから始まるようだから、俺の行動は間違っちゃいない。好みのモンスターかどうかはともかくとして。


 気に入らなければ『帰らせる』でサヨナラして、次のペットをテイムするっぽい。一人のテイマーが連れ歩けるペットは二体まで。どんなモンスターでもテイムできるわけじゃあなくて『ボス級のモンスターはテイムできない』とある。そりゃね。転生者だったらいけるとかないかな。ないか。


「なー!」

「うわ!」


 ペットにしたってのに急に両手を振り上げるから、俺は身構えた。プレイヤーのレベルに応じて言うことを聞かずに暴れたり無視したりする、みたいなことは一言も書いてねェけど?


「うーうー」


 抱きしめられた。もふもふに包まれる。暖かい。もふもふから、草のにおいが漂ってくる。暖かいんだけど、だんだんと気持ち悪くなってきて俺まで「うー……」とうめいてしまった。

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