第99話 SPACE INVADER
「誰だ!」
アンゴルモアの一声で、大勢のユニが二手に分かれて道を作る。さっきのセリフは明らかにユニの声ではなかったし、出来上がった道の先に立っているのは少年だった。片手にノートのようなものを持っている。
「ぼくは
はるか昔に、その〝ゲームマスター〟という単語を見た覚えがあった。ユニの過去を漁っていて、
ゲームマスターは、ユニたちが左右に下がってできた道を歩きながら、さらに「もしくは転生モノに不可欠の〝女神〟枠だね」と付け足した。着ているティーシャツに筆文字で『女神』と書かれている。顔つきは少年だけど。名前も女の子の名前じゃあないし。実は女の子なんだろうか。
「神」
俺はこの場に存在しない両手を合わせた。
祈りの姿のように。
「
アンゴルモアそっちのけで、ゲームマスターは俺に語りかける。俺をこんな姿にしてくれた宇宙人としては腹の立つやりとりだったらしく「我らはこれからこの地球上に新世界を築き上げるのだぞ。邪魔をするな!」とゲームマスターに触手を巻き付けようとした。
「五年もかける必要はあったのかね?」
ゲームマスターは左手でノートを掴み、右手を開いて前に突き出す。するとアンゴルモアの触手は途中でぽきりと分断された。先端からその途中の部分までが落ちてのたうち回る。包丁で切られたタコの足のように。
「侵略するなら火の如く、って、地球上の古い言葉にあるんだけどね」
「やれ!」
アンゴルモアが命じると、ユニたちは一斉にゲームマスターを取り囲んだ。
人海戦術かよ。
ゲームマスターは圧死し――ない。
「やれやれだね」
どうやらユニの波を掻い潜ったらしく、ジーンズの膝についた砂をぱっぱっと払った。俺とアンゴルモアにより近づいてくる。身長が低い。小学生ぐらいかな。
「ぼくが、ではなくて、拾肆ちゃんが、きみがいなくて寂しがっているんだよね」
拾肆ちゃん。
そんな名前の知り合いは、四方谷さんしかいない。
「メインクエストの続きに、二人以上のパーティーを組まないとクエストが受注できないものがあってね。おあつらえ向きだよね。ルールは守らないといけないしね」
寂しがっている……?
四方谷さんは、時空転移装置もろとも押し潰されたはずじゃあないか。その言い方は、まるで四方谷さんがまだ生きているみたいだけど。あの時空転移装置は未完成で、未完成だから、四方谷さんは死んだはずじゃ?
「娘が生きているとでも言うのか?」
同様の疑問を、アンゴルモアがゲームマスターに投げかける。お前のせいで死んだのにさ。オルタネーターはお前がいなかったら生まれてこなかった存在だから、生きるも死ぬも全部お前のせいだよ。
にしても相変わらず娘って言うのな。
「アンゴルモアに居場所は教えられないね」
ゲームマスターはせせら笑った。
生きている。ということは、転移は成功したのか。未完成のはずだけど。大天才が奇跡を起こして、無事に……。
「侵略者が飽きて捨ててくれるまでの途方もない時間をこの世界で弄ばれ続けるか。それとも、拾肆ちゃんと親子二人でメインクエストを攻略するか。
……。
俺はアンゴルモアを見上げる。アンゴルモアは「案ずるな。我が愛してやろう。これまで愛されなかったぶん」と言って、俺の左目を埋め直した。空洞にセットされたらしい。元通りに機能する。左右の目で、ユニの顔が見えた。
「ここだけは勘違いしないでほしいのは、ぼくは参宮拓三を本気で救いたいのではなくて、拾肆ちゃんが寂しがっているから、拾肆ちゃんのそばに連れていきたいだけ。ってことだね。礼を言うなら、ぼくではなく拾肆ちゃんに言ってね」
俺は、
「タクミ。此奴の甘言につられるな」
俺は、
「タクミを愛しているのは我だけだぞ!」
「ああ、そうだな」
俺が相槌を打つと、アンゴルモアは「ならば、答えは明白だな……!」とそのチワワのような瞳を潤ませた。
お前は人間にはなれない。
ユニの肉体を奪い取っても、お前は根っからの侵略者だ。人間じゃあない。後先考えずに俺に暴力を振るうなんてさ。このまま、頭だけで生きていくの、嫌に決まってるじゃん。結局、お前は俺のことなんて、何もわかっちゃいないよ。五年前から成長してない。何を見てたの。
一方的に好きって言って、愛を押し付けてきただけだよ。
「神よ。この世界で、俺だけをお救いください」
俺を求める四方谷さんのそばに行きたい。博士には俺みたいな助手がいないと。大天才のひとりよがりじゃ、解決できないもんもあるよな。
「縺ゥ縺?@縺ヲ謌代r驕ク繧薙〒縺上l縺ェ縺?シ溘??謌代?繧ソ繧ッ繝溘r諢帙@縺ヲ縺?k縺ョ縺ォ縲√↑縺懊o縺九i縺ェ縺?シ?シ溘??菴輔′縺?¢縺ェ縺九▲縺滂シ溘??陦後°縺ェ縺?〒?」
ふっとアンゴルモアの腕の中から離れた。
ユニたちの姿も含めて、小さくなっていく。アンゴルモアが意味不明な言葉を叫んでいるが、意味を理解するよりも遠ざかるスピードのほうが
浮かんでいるようだ。
「奇跡が一度しか起こらなかったのは過去の話でね。ぼくは何度でも、造作なく、当たり前のように、奇跡を起こしてみせるからね」
頭上からゲームマスターの声がした。
空が白む。
「ジョブは、うーん、拾肆ちゃんがサマナーだし、テイマーでいいかね。いいね?」
すっと目の前にゲームマスターが現れた。ノートを開いた状態にして左腕で支えて、右手にボールペンを握っている。
いいね? と聞かれても。
「転生者ジョブとしては、そうだね、ぼくを神と崇めてくれているし、〝聖者〟なんてどうかね」
地面に足がついた。足元を見る。足があった。当たり前だけど。数億年ぶりに自分の足で立った感覚がある。頭だけだった時間、そんな長くないはずなのにさ。
「俺は、どこに向かうんですか?」
俺はゲームマスターに問いかけた。
アンゴルモアにやりとりは聞こえないだろう。距離も離れたし。あちらの声も聞こえない。
四方谷さんのそばって言ってもさ。
俺は四方谷さんを死んだとばかり思っていたわけだし。
「MMORPG『Transport Gaming Xanadu』の世界だね」
シイナがカイリちゃんやルナ、レモさんと出会った場所。
20XX年現在、すでにサービス終了しているMMORPGの名前を挙げられて、俺は「なんですって?」と聞き返す。
「時空転移装置を使用した拾肆ちゃんは、まだ絶賛稼働中だった頃の『Transport Gaming Xanadu』――略してTGXの世界に転移した。ゲームの中にね」
京壱くんに会うために、ユニが行きたかった場所か。
というか、それならユニもいるんじゃあないか?
「ユニがいるのに、俺がいないと寂しい、か」
四方谷さん、俺にはあんなツンツンした態度なのにな。ゲームマスターには寂しいって言っちゃうのか。そうかそうか。可愛いところ、あるじゃあないの。
「
「先に時空転移装置を使ったのに、ですか?」
「時間軸がズレることはよくあることだしね」
時空転移装置の仕組みは最後までわからなかったけど、まあ、そういうこともあるのか。わかったような表情で頷いてみる。
「専用装備も渡しておくね」
ゲームマスターはポケットからトランプぐらいのサイズのカードの束を取り出して、俺に手渡してきた。専用装備。一枚めくって見る。トランプじゃあないなこれ。
「そのカードには一枚ずつ魔法が込められていて、きみに力を与えてくれるし、味方に使ったり、敵と遭遇したときに攻撃したりできる」
ゲームの世界にも敵はいるのか。まあ、そうか。俺がさっきまでいた世界にモンスターがいるほうがおかしかったんだよな。
一枚ずつ確認する。
同じ絵柄のカードは3枚ずつ。
「使ったらなくなるからね」
「わかりました」
カードの説明は日本語で書かれていて、赤いカードと青いカードの二種類がある。見たところ、赤いカードは強化に使うもので、青いカードはサポート効果みたいな……いや、そうでもないな……あとで整理しよう。
「あとは、これを」
別のポケットから携帯端末を取り出して渡してきた。俺が使っていた携帯端末は、自分のズボンのポケットに手を突っ込んでみても、ない。あの世界で連絡を取り合う人間もいなくなってしまったし、あっても荷物になるだけか。
頭が引き抜かれる前に着ていた、白シャツとグレーのズボンといった服装だ。聖者感はあんまりねェな。別にいいけど。
「ここに『冒険の手引き』ってアプリがあるから、そのアプリでステータスやメインクエストを確認してね」
「ありがとうございます。して、メインクエストってなんですか?」
四方谷さんと攻略していかなくちゃいけないらしいけど。
「TGXの7つの都市にいるボスモンスターを倒してバッジを獲得していくのがメインクエストだね。順番は『冒険の手引き』を見てね」
見てね、と言われてアプリを起動する。
最初は『和風都市ショウザン』か。和風都市。わざわざ和風って付けるんなら、基本的には西洋風なのか。他の都市の名前がセネカとかパスカルとかあるし。
「拾肆ちゃんはすでに3個バッジを取っていて、中立都市にいるね」
「なら、俺は中立都市を目指せばいいんですね」
マップの中立都市をタップすると、ゲームマスターは「きみもメインクエストをやらないといけないんだから、ショウザンの近くに降ろしてあげるね」と訂正してきた。
降ろしてあげる?
「じゃあ、行ってきてね」
このゲームマスターからの一言を最後に、俺の身体は落下を始めた。
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