第98話 すべてが我になる
久しぶり、に対して「そうだな。一年ぶりぐらいになるぞ」とユニの顔をした侵略者は答えた。やっぱり死んでなかったじゃん。
なあ、宇宙人。お前が首を吊って死んだのは五年前だろ。一年ぶりじゃあないよ。
というかさ、お前の〝コズミックパワー〟のひとつ、寄生で、よりにもよってユニの肉体を乗っ取るなんてな。趣味悪いよ。
「娘はどこにやった」
シイナは込み入った事情を知らないから仕方ないとはいえ、お前までそう言うのか。凄みを利かせているつもりなんだろうけども、ユニのその目で睨んできてもあんまり怖くないし。
「四方谷さんが俺の娘じゃあないってことは、お前が一番わかってるじゃん。オルタネーターだし」
俺の言葉を、アンゴルモアは何故か笑い飛ばす。笑うタイミングじゃあないけど。おかしくておかしくてたまらない様子で、腹を抱えてしゃがみ込んでしまった。
「なんだよ」
目尻に浮かべた涙を拭って「ユニはなぁんも教えてくれなかったなあ? タクミ」とユニの顔で言うのだ。もう隠す気ないじゃん。ユニがなんも教えてくれなかったのは事実だけども。
どうしてあんなに嫌われてしまったんだろう。
俺が京壱くんじゃあないからかな。
「
ひとしきり笑い終えてから、俺に向き直って何を言い出すかと思えば。バカ言うなよ。四方谷さん自身も、その周りも、というかユニだって、四方谷さんを『第四世代のオルタネーター』だって言っていたじゃあないか。
俺とユニとの子なら、人間じゃん?
「嘘だろ」
そうか。
わかったよ。
そういうことにしたいのか。
俺がオルタネーターを『人間』だって認められないから。
認めてしまえば、第二世代のオルタネーターを虐殺したことになって――あれもアンゴルモアのせいだろ。触手で過剰防衛しちゃってさ。俺は悪くない。俺はあいつらを本気で殺したかったわけじゃあなくて、あいつらが俺を殺そうとしたから、正当防衛として銃を向けたんだって――しまうし。
だから、器として作り上げた完成品の四方谷さんを『人間』って定義し直して、俺に認めさせようとしているんだな。なるほどね。
わざわざユニの姿で言ってくる辺り、センスないよ。
「ふむ」
否定も肯定もしてこない。
ふむってなんだよふむってさ。
あの四方谷さんが俺とユニとの子だって主張するんなら、なんであんなに似てないんだよ。人間、子どもの頃の顔と成長してからとで顔つきも大人びてくるとはいえ、俺にもユニにも似てねェってことはないだろ。
俺とひいちゃんとで血が繋がっているとしたら、四方谷さんがひいちゃんと似てくるのもまあなくはないだろうけどさ。ひいちゃんは後妻さんの連れ子で、後妻さんと後妻さんの元旦那――あの事故のきっかけ、バイクで突っ込んできた男――との子だし。
五代が俺との血縁関係をアピールしてきたみたいに、確固たる証拠となる鑑定結果みたいなもんもないでしょ?
「我の言葉は信じてもらえないか」
アンゴルモアは残念そうに呟いて「最初の約束は、信じてもらえたのにな」と続けた。
最初の約束。
アンゴルモアからの誘い。
確かに、俺が、宇宙人を信じずに、断れていたら。
「我も人間として、タクミとの子を産んで、幸せな家庭を築こうなどと考えた。しかしそれは誤りだ。我はもとより人類を滅ぼしに来た侵略者なのだからな」
地球上の全生命を滅し、新世界のアダムとイヴとなる。
――アンゴルモアは、そう謳い上げた。
「でも、お前の『ピースメーカー』計画は、人類の再興を手助けしたじゃん」
ユニの考えでもあるか。オルタネーター周りは。俺のひいちゃんなり、アンゴルモアの器なりを作るってのがメインではあったけど。オルタネーターは代替品として、その役目をきっちりと果たした。
人類は、その
「我々は、オルタネーターを食料としても活用していた」
「缶詰にしていたあれだろ」
そのせいで第二世代が反乱を起こしたじゃん。
罪のない漆葉さんはミンチにされちゃったし。
「缶詰にして、オルタネーター本体と同じく全世界に輸出していた」
よく人肉食が許されたよな。まあ、オルタネーターは人間じゃあないから人肉ではない、ってことで、いいのか。……いいのか?
「オルタネーターの缶詰は我の細胞が詰まっている。つまり、すべてが我になるということだぞ!」
論理が飛躍した。
つまり?
全人類がアンゴルモア細胞を経口接種して、それで、
「論より証拠だな。見せてやろう」
アンゴルモアが指をパチンと鳴らすと、天井から突入してきて出来上がった穴から一体のオルタネーターが飛び込んできて、俺の目の前に着地した。
その成人男性型のオルタネーターは――おそらくは、ユニが京壱くんの代替品として作ったんじゃあないかな。ずっと昔に写真で見た、男子高校生の頃、亡くなる直前の京壱くんの顔と似ている――全身の穴から体液を噴き出して、その体液が全身を包み込み、身長が縮んでひいちゃんの姿に変化する。
「ひいちゃん」
変化する様子を見ていたのに、俺は、……いつまで経っても、ひいちゃんにとっての『おにいちゃん』でありたい。
あのときに囚われ続けている。
どうしようもないぐらいに、自分でももどかしくなるぐらいに、気狂いだと蔑まれても否定できないぐらいに、この姿に執着していた。
四方谷さんのことを大事にできていたのも、ひいちゃんとそっくりだったからだよ。もし違う姿だったら、たとえ器だとしても、ここまで一緒にいられたかわからない。
ひいちゃんはこの世にいない。こいつはひいちゃんとは違う。オルタネーターが変化しているだけ。ただの代替品。もう俺は『おにいちゃん』でもなんでもない。わかってるよ。わかってるけど、それでも。
この世界から、
「俺を救ってくれ」
手を伸ばす。
ひいちゃんそのものじゃあない、ひいちゃんの姿をした存在に。
ひいちゃんの横にユニが立っていて「泣き顔も見飽きたな」と言った。泣いてるんだ。俺、今、泣いてるのか。気付かなかった。視界がぼやけてんのは、泣いているからか。なんだ、そっか。ははははははははははは。
「喜べ。人類は滅びる」
ユニの背中から触手が伸びた。
天井の一部だったものが俺に降りかかってきて、俺の身体を潰す。
おしまいだ。
俺は死ぬ。
「ははは」
重たい。身動きが取れなくなった。俺は笑っている。瓦礫は、ひいちゃんには当たっていない。よかった。
何言ってんだよ。
ひいちゃんじゃあないのにさ。
「はははははは」
俺から三回もひいちゃんを奪わないでほしい。一回目でつらかったのに、二回目の四方谷さんは、――アンゴルモアの到着で、時空転移装置ごと潰れちゃったんじゃあないかな。
可哀想な大天才。
「はははははは、ははは」
誰も幸せにならなかったじゃあないか。何が『ピースメーカー』計画だよ。笑わせるな。平和な世界は虚構の世界にしかない。ユニは京壱くんに会えなかったし、アンゴルモアは器を失って、俺は。
ひいちゃんが近づいてくる。
しゃがみ込んで、俺の頬をそのちっちゃな両手で挟んだ。ひいちゃんの腕がクロスして、俺の視界が上下反転する。ぶちぶちっと音がした。何回か回転させてから、ひいちゃんは俺の頭を引っ張って、引きちぎると、明後日の方向に投げた。
……あれ?
神佑大学別館の外に出る。俺は「救ってくれ」と言った。これが救いなのか。図書館の残骸が180度回転していた。まあ、俺の頭が右耳を下にして落ちたからだけど。
拾い上げられる。
「
俺と同じ、いや、俺が同じ、オレンジ色の瞳。
オレンジ色の瞳の女性がいる。
こんなところにいるはずがないのに。
俺の名前を呼んでくれた。
俺の母親。画面の向こう側で、中国語を喋っていたおかあさん。生まれたばかりの俺を、
……俺はこの人に捨てられたんだ。
この人が俺を育ててくれていたら、こうはなってない。
「愛して」
俺は助けを求めていた。
こんな姿になってでも。
前に『生まれてこなければよかったのに』と言われたにもかかわらず。
覚えている。はっきりと。悲しいことばかり。俺の人生に、楽しかったことも嬉しかったことも全部なかったみたいに、つらい記憶だけが降り積もる。かき消していく。
「おかあさん……!」
ママは右手で俺の頭を支えると、左手で俺の左目をくり抜いた。
どうして?
笑いかけてもくれない。
仏頂面のまま。
どうして……?
「ぁああぁぁああああああああ」
俺の悲鳴は無視して、隣に降り立ったアンゴルモアにその眼球を渡す。
俺が母親から受け継いだものだから?
身体的特徴として、オレンジ色の目は唯一のものだ。母親との繋がりを、証明するものとして。他にはない。
「一度たりとも死なせはしない。ずっと一緒だぞ!」
アンゴルモアはその左目をつまんで、俺の頭も母親から受け取った。俺は死んでいない。頭だけになっても生きている。頭から下がないのに、意識は失っていない。
右目を閉じて、左目だけで見ると自分の顔が見える。
一度たりとも死なせはしない。
ずっと一緒。
気付けば周りにオルタネーターだか人間だか、どっちだかわからない、人型の存在が集合していた。どっちだっていいや。アンゴルモアが頷くと、一斉に体液を噴き出して、
ダメ元で告白してみたらよかったのかな。
面と向かって、好きって言えたら――。
「もう誰もタクミを傷つけない。すべては我になったのだから」
ああ。
そうだな。
アンゴルモア細胞を植え付けて、全人類に寄生したんだもんな。
全員がアンゴルモアになった。
「こうしてこの世界の人類は滅亡し、侵略者は愛する参宮拓三と幸せに暮らしました、とね。めでたしめでたしだね!」
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