第95話 Escape from the END

「オレらは乗るよ」


 昨晩、シイナは宇宙船に乗ることを決意した。レモさんや、カイリちゃんとルナも連れていくらしい。黙って行かずに、俺に話してくれたのはシイナなりの優しさだろう。四方谷さんには絶対に言わないでほしい。


「……そうですか」


 図書館から戻ってすぐに作業に取り掛かって、かれこれ一年ぐらい経とうとしている。


 四方谷さんの時空転移装置は――俺は四方谷さんの助手という立場だから、四方谷さんを奮い立たせて励まし続けてはいるけども――うまくいっているとは言い難い。現状『右に入れたものを左に移動する』程度の〝転移〟しかできない。それでも物理法則を無視できているから、すごいっちゃすごいんだけど。これだけでも大天才なんだけど。


 この成果をまとめて予算が下りないか申請したところ、けんもほろろに却下されてしまった。俺じゃあなくて九重理玖シイナの名義で申請したんだけども。もし研究施設Xanaduに所属していた俺が神佑大学別館にいるってバレたら、入り口の扉を破壊して治安部隊が乗り込んでくるだろうよ。


 崩壊に巻き込まれて瓦礫に潰されず命からがら研究施設Xanaduから逃げ出した奴らは、何も悪くないのに世間から後ろ指をさされて、オルタネーターともども治安部隊に追われる身となってしまっている。たぶん、俺のことも血眼になって探しているだろう。ちょっと調べればリストが出てくる。指名手配犯のように顔写真と名前とが列挙されているのだ。


 何もかも、第三世代のオルタネーターがモンスター化したのが悪い。

 ひいてはアンゴルモアのせいだ。と知っているのは俺だけで、世の中の人々はそうは思っていない。


 五代のせいにするだけでは飽き足らず、下っ端の研究員でも懸賞金がかけられ、発見されたら治安部隊が駆けつけて身柄を確保、尋問の末に文字通りのにする。


 みんなが誰かに責任を取らせたい。

 世の中がこうなってしまったのは、オルタネーターが悪い。

 そのオルタネーターを生み出した研究施設Xanaduは諸悪の根源なのだと。


 治安部隊の代表者の言い分では、大将首五代が出てきたらすぐにでもやめたいのだと。こんな人殺しはしたくない、とのたまっているけど、五代はもう死んでるんだよな……。無駄な犠牲を増やす前に研究施設Xanaduの残骸を掘り起こして、探し回ってほしい。


「わかってくれるか」


 我が国は今、急増しているモンスターへの対応に追われている。彼らは時空転移装置の映像を見て「右と左に同じものを入れてあるのでは」と疑っていたようだ。そんなことするわけないだろ。


 時空転移装置なんかより、目先のモンスターを駆除できるような武器を作ってほしいらしい。さらりと「遠距離でもオルタネーターのにおいを感知して、自動で照準を合わせて殺せるようなものを」などと言いやがった。お前らが作ってみろよ。


「俺がシイナの立場なら、同じような判断を下すと思います」


 モンスターが跋扈ばっこする地球は捨てて、安住の地を目指す。――シイナの持っている携帯端末には、電子チケットが表示されていた。俺の元にも届いている。その『宇宙への脱出』計画を推し進めている団体は、頭のおかしい治安部隊の奴らとは違って、研究施設Xanaduの出身者も差別せず、脱出を希望する者すべてを受け入れるようだ。


 アンゴルモアは本気で人類の滅亡を目指しているようだし、別の星を目指すのは悪くない話のようにも思える。どこまで向かうのか知らないけど。きっと行くあてがあるんでしょ。俺は乗らない。乗らないので、詳しい話は聞いてないよ。


 だって、しか乗せてもらえないからさ。

 オルタネーターである四方谷さんを置き去りにして、俺だけが乗るわけにはいかない。


「あの子を信用してないんじゃないからな! 誤解しないでくれよ!」


 俺が淡白な回答をしたもんだから、シイナは自身が失言してしまったと勘違いしたらしい。違うんだけどな。俺は四方谷さんの『大天才』が、作為的に生み出されたもんだと知っている。時空転移装置の設計図も、四方谷さんのオリジナルじゃあないし。ユニが『Transport Gaming Xanadu』に行くためのもの。


 だから、シイナが安全牌を取ろうとしていても非難できない。


「時空転移装置が出来上がる前に、ここがモンスターの襲撃を受けて壊されるかもしれませんしね」


 四方谷さんは絶対の自信を持っていて、確実に時空転移装置が人類を窮地から救う最終兵器だと思い込んで、一生懸命に作ろうとしている。だが、その前に何が起こるかわからない。出来上がるのを待っていられないから、宇宙船に乗る。その選択を、俺は責められない。俺は選ばないってだけだ。


「あの子には、引っ越すって言っておくよ」

「まあ、宇宙への引っ越しみたいなもんですし」


 壮大な話だ。オルタネーターが人間たちの必要最低限の日常生活を支えてくれている間に、一部の人間たちが宇宙への進出を計画していたんだな。そう考えておこう。一部の悪い人間を見て、すべての人間を悪く言ってはいけない。


「ここに置いてあるもんは全部使っていい。食料も、二人なら半年は保つ――と思うぜ」

「半年以内には完成しますよ」


 俺のセリフが虚勢を張っているように聞こえたのか、シイナはその表情が見えないように顔を背けて「完成したら、パーっとお祝いしてやりたかったぜ」と言った。


 ***


「これからは自分でも身を守れるようにならないと」

「急になんだよ」


 まあ、確かに。


「何かと物騒じゃあないですか」

「今に始まった話じゃねェだろ」


 それもそう。


 ……大天才にごまかしは不要か。会話の流れで自然に渡そうと思ってたんだけど。いつもこんな調子だもんな。


「はい」


 俺は懐にしまっていたリボルバーS・A・Aを取り出して、四方谷さんに渡そうとする。ギョッとした顔をして「何これ」と言われてしまった。なんで持ってんだよって思ってそう。こんな世の中でも、銃刀法はまだ健在だし。


「知り合いが開発した、対モンスター用の銃ですよ」

「ほーん」

「昨日シイナからもらったんです。俺がシイナの部屋に呼び出されたでしょ?」


 そういうことにしておこう。


「ピースメーカーってあだ名が付いている銃なんですって」

「ほほん?」


 四方谷さんは銃を受け取って、銃身を観察したり銃口を覗き込んだりしている。

 実物をお目にかかる機会ってなかなかないよ。


「実弾が入っているんで気をつけてくださいね」

「あたしは大天才だし、そんなへましないよ」


 そうでした。


 とはいえ、むき身のまま持ち歩かせるのも危ない。

 出発する前にシイナにホルスターとかガンベルトとか買っておいてもらおう。

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