第94話 エンドレスサマー

 諸般の事情と表向きには発表があり、神佑大学の図書館が閉鎖となった。大学の決定なので俺の想像でしかないが、司書として働かせていたオルタネーターを追い出したのだろう。容易に想像がつく。お偉い人たちが世間の目を気にした結果、こうして憩いの場がひとつ消えていく。本を読んでも腹は膨れないし。


 張り紙に再開時期は未定とあるけど、どこまで信じていいものか。

 このまま多くの書籍の墓場として、放置されるんじゃあないかな。


「参宮! あそこの本取って!」


 俺と四方谷さんは立ち入り禁止となって誰も近寄らなくなった図書館に忍び込んで、本を漁っている。身長体重までだいたいひいちゃんと同じぐらいな四方谷さんは、背表紙を見て、本棚の上の方を指差した。


「はいはい」


 俺は神佑大学の大学院生だった――逮捕されて、強制的に退という形になってしまったから、学歴としては大学院中退となる――から、図書館を使う権利はある。受付カウンターに担当者がいないので、借りるための正式な手続きはできないってだけの話。だから、盗みじゃあないよ。読み終えたら返すつもりだしさ。いつになるかわかんねェけど。


 小一時間、図書館内を探索し、四方谷さんがお気に召した本は十冊。


 これでも減らしたほうだ。今回選ばれなかった本はまたの機会に持ち出すことにして、カウンターの中に隠しておく。……俺たち以外にも立ち入り禁止を無視して侵入するような奴がいるかもしれないし。


 十冊の本は、レモさんからお借りした大きめのトートバッグに収まった。

 戻ったらお礼を言わないといけない。手ぶらで出て行こうとしたら「ちょい待ち」と持たせてくれたからさ。俺は多くて四冊ぐらいだろ、と大天才をみくびっていたよ。


 四方谷さんは「よっこらしょ」とトートバッグを持ち上げようとした。

 案の定ひっくり返ってしまいそうになったので、俺が後ろから支える。


「俺が持っていきましょうか」

「いや、あたしが読むんだからあたしが持つ」


 妙に責任感が強くて意地っ張りな四方谷さんの意思を尊重して「わかりました」と返した。


 十冊の内訳は、図鑑が三冊。まだ見たことのない生き物に知的好奇心がくすぐられるようで、美麗な写真やイラストと詳しい解説が記された図鑑は四方谷さんのニーズに適切に応じてくれている。


 オルタネーターが生み出されてから――正確には、もうちょい前。あの地震の後、俺が今はなき研究施設Xanaduにユニと向かっていた頃から――地球環境は変わってしまっている。我が国を例とすれば、雪は最北端でしか降らなくなった。全国的に温暖化が進んでいる。四方谷さんに「昔はこの辺も雪が降っていたんですよ」と言ったら鼻で笑われてしまった。いつか、本物の雪を見せてあげられたらいいな。本物の雪は難しくとも、氷ぐらいならできるか。冷凍庫あるし。


 専門じゃあねェから詳しいことはわからんけど、生態系も変化しているだろうし、図鑑から得られる情報はとはなりそうだ。まあ、あの頃が満遍なく平和だったとは言い切れねェけど、今よりはマシだったじゃん。


「ハブの天敵はマングースで、タコの天敵はウツボ……超強そうで敵なんていないように見えても、こいつには勝てねェって相手がいるんだな……!」


 俺がベンチで休んでいたら、図鑑の『様々な動物の天敵』が紹介されているページを開いて目を輝かせながら見せてくれた。これまでで一番目が輝いていたように思える。いたく気に入ったようで、いち早く俺に教えたかったみたい。


「四方谷さんの天敵は?」

「あたしは大天才だし、苦手なもんはねェよ」

「なら、ニンジンも食べてくださいね」

「食ってるじゃん!」

「噛まずに飲み込んでいるだけじゃあないですか」

「うるせェ!」


 残りの七冊は歴史書だ。自分が生まれる前にこの地球上で起こった出来事に興味津々で、一冊手に取ったらその場で熟読し始めてしまった。俺が「帰ってから読みましょうよ」と言っても聞かない。取り上げたら「なんだよ!」とグーで殴ってきた。


 本に記された出来事は真実ばかりとは限らないけども、そのエンタテイメント重視な脚色も含めて、知識欲が手軽に満たされるから「すんごい面白い!」らしい。


「参宮」

「なんですか」

「……半分持たない?」


 図書館を出たところで提案された。肩の部分が破損しても技術者じゃあないので治せないし、俺は「いいですよ」と快く応じる。というか、言ってくれたら俺が全部持つのにな。


「!」


 別館の前にがうろついている。俺は四方谷さんを花壇の影に隠した。頭を押し込んだから「なんだよ!」とキレられてしまったけど、俺があごで治安部隊を指すと渋々しゃがみ込んだ。


 例の『工場でオルタネーターが暴走した動画』はネット上から削除されたものの、一度ネットに公開されたものが完全に消滅することはない。消されてはアップロードされ、そのいたちごっこが反オルタネーター派の活動に拍車をかけた。企業が次から次へとオルタネーターを解雇する。図書館で働いていたオルタネーターが辞めさせられたのもこの流れがあってのことだ。


 けれども、処分を引き受けていた研究施設Xanaduはもう存在しない。

 アンゴルモアによって破壊されてしまったから。


 本来ならば缶詰にされるはずだった引き取り手のない無職のオルタネーターが街中をたむろするようになった。

 そうなると今度は治安部隊が動き出す。


 治安部隊というと聞こえはいいけど、勝手にそう名乗っているだけの有志の集いだ。公的なものじゃあない。罪のないオルタネーターたちを次から次へと捕らえて、私的制裁を加えていった。法の制定を待っている余裕はない。人間が歩き回るスペースがないほど、オルタネーターでごった返してしまうから。


 この約五年間ほどはオルタネーターによって世の中が支えられてきたというのに。

 人類は手のひらを返して、オルタネーターを世の中の仕組みから排除しようとしている。


 第三世代のオルタネーターを生み出した五代の評価は地に落ちた。かつては英雄扱いされていたけども、今や『アンゴルモアの手先』だとか『人類の敵』だとか――研究施設Xanaduで五代の遺体が見つからなかったせいで、あの崩壊に乗じてとまで言われている。本人はオルタネーターを全廃棄して、人類の歴史を取り戻そうとしてたんだけど。と知っているのは俺だけだ。


「行きましたね」


 オルタネーターである四方谷さんを治安部隊に発見されるわけにはいかない。ふらっと図書館に出かけただけで遭遇しそうになるなんてな。こんな大学の構内の端っこのほうを探すよりも、もっと繁華街のほうにでも行けよ。たくさんいるだろ。


「早くなんとかしねェとな」

「何をです?」

「大天才のあたしが、人類を救わねェといけないだろ」


 押した場所がよくなかったのか、四方谷さんに変なスイッチが入ったようで「時空転移装置じくうてんいそうちを作る時が来たんじゃねェかな」などと言い出した。ユニの部屋で見た設計図か。


「あたしたちが侵略者を追い出すんだよ」

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