第92話 助手の奇妙な愛情


 神佑大学別館の、元は小教室として使われていた場所が俺と四方谷さんの居室として用意された。居室といっても、テーブルとして使用していたであろう学習机が四つと、セットの椅子が四つ、隅っこにベッドが一つの簡素な部屋だ。着替えなど、生活に必要なものは徐々に買い揃えていった。研究施設Xanaduからは何も持ち出せていないからさ。


 初日の夜、四方谷さんが床で寝ようとしていた。俺は「疲れてるんだしベッドで寝てくださいよ」と、四方谷さんの体調を気遣って隣に寝かせる。なのに、起きてから「全然眠れなかった」と文句を言われてしまった。目の下にくっきりとクマを作っていたので、本当に眠れなかったようだ。俺はロリコンじゃあないし。いくらなんでも義理の妹とそっくりの女の子に手を出さないでしょ。なんだと思われてんの。


 四方谷さんはひいちゃんとは違う存在だけども、ひいちゃんと同じぐらいに大事だから。


 そういや、俺もオルタネーターである四方谷さんも同室で全然構わないのだけど、カイリさんは「女の子だから別のお部屋がいいと思います!」と主張していた。生きている時代の違い。ジェネレーションギャップを感じる。……まあ、オルタネーターそのものが『Transport Gaming Xanadu』が稼働中だった頃には影も形もなかったのだから仕方ない。


 ここではオルタネーターの缶詰に手をつけていない。政府から配られるものだけど、どうもきな臭くて食べる気がしないんだそうだ。オルタネーターが栽培した野菜や果物を調理したものが中心の食生活となっていた。


 ユートピアのメンバーは俺たちを歓迎してくれている。程よい距離感を保ちながら、一ヶ月経過した。裏があるんじゃあないか、と、疑ってしまうのは馬鹿らしくなるほどに。


 褐色の肌の美女剣士、ルナはこちら側=現実の世界では一色京壱いっしきけいいちとして生きていた。

 ユニの言っていた京壱くんその人である。


 一色京壱は高校の屋上から飛び降りて死亡した。ユニは一色京壱の幼馴染だったはずなのに、ルナはユニのことを覚えていない。ユニはあんなに。――と、ここまではユニから聞いた通り。飛び降りについては、俺も調べたから知っている。


 死んだ一色京壱は、ゲームマスターの導きによってMMORPG『Transport Gaming Xanadu』の世界へ転生し、ルナの姿を得た。一色京壱とは似ても似つかない姿だ。凛とした佇まいからは闘争心が見え隠れしている。


 京壱くんは、どこにでもいるような一般的で平凡な男子高校生。特徴といった特徴もない。シイナ――年上だし、俺は九重さんと呼ぼうとした。が、本人から「シイナと呼んでくれよな」と強要されているのでシイナと呼び捨てにする――から、俺も昔見た覚えのある一色京壱の高校生当時の写真を今一度見せられた。改めて見ても、ユニが京壱くんのどこに惚れたんだかがてんでわからない。ユニにはもっといい人がいるよ。


 ルナとなった京壱くんは『Transport Gaming Xanadu』の世界でギルドを結成し、と呼ばれる上位層のプレイヤーとなる。その後、レモさん――レモさん、というのはゲーム内で使用されていたあだ名だけど、こちら側に戻ってきてもそのままあだ名として使っているらしい――やカイリさんとの出会いがあった。シイナは、一度ゲーム内で出会いと別れの一連のイベントをこなしてから、別のプレイヤーからアカウントを買い取ってもう一度ユートピアに加入したらしい。というか、シイナもユニみたいに『ゲーム内に転生してから現実の世界に戻ってきた』タイプの転生者なんだってさ。


 気付いてしまったことがある。


 シイナやレモさんだって、カイリさんとルナさんに再会したくて、その〝知恵の実〟? とやらの力でカイリさんとルナさんのデータを神佑大学別館のパソコンのローカルフォルダに保存したんだろう。――先に言っておくけど、この行いを非難するつもりはないよ。ユートピアで思い出話を聞いていて、この人たちの仲睦まじさは理解できたからさ。


 でも、ユニは。


 その辺の事情を知らないユニは、すでにその場所には存在していない京壱くんを探し続けていた。京壱くんに再会したくて、アンゴルモアと手を組んだ。他の人間がどうなろうとお構いなしに、盲目的に突き進んで、……結局、会えてないんじゃん。ここにユニはいない。


 


 ユニの努力を棒に振ったシイナとレモさんを、俺は憎むべきなんだろうか。憎むとして、その憎しみに意味はあるのか。ないよな。ない。事実に気付いてしまった俺が、虚しさを抱えていればいい。


「エーゴの死体は、瓦礫の中にあるんだろうな」


 積もる話があるというので、俺は今、シイナの部屋にいる。あの『そのうち、男同士ふたりきりで話そう』と言っていた『そのうち』が今ってことらしい。シイナは背もたれの高い椅子に背中をぴったりくっつけて腰掛けており、俺はその辺にあった丸い椅子に座っている。


 研究施設Xanaduの残骸から五代の遺体が見つかったとしても、シイナは五代の親族ではないぶん、連絡は来ないだろう。俺に来ても困るけど。二重の意味で、発見されないでほしい。詳しい死因を調査したら、また俺が疑われるからな。


「魂は今『Transport Gaming Xanadu』にあるんだと思う」

「……?」


 俺はピンと来ていないような表情を浮かべていたんだろう。シイナは「エーゴも転生者だったんよ」と付け足した。つまりどういうこと?


「オレらユートピアはとらん、しゃらくせえ、TGXって略すわ。TGXでエーゴと戦ったって話したじゃんか?」

「ああ、なんか、そんな話してましたね」


 戦ったとは明言していなかったが、敵だったってことは聞いていた。


「エーゴは20XX死んで、存在していたTGXに転生してるっつーわけ」

「時間遡行……?」

「オレがエーゴに接触したのは、エーゴの死を回避すりゃあTGXでのめんどくせー戦いがなかったことになるんじゃね? って思ったからだ。あっちはわけわからんかっただろうな。こんなヤンキーみてえなやつから急に連絡が来るなんてよ」


 なるほど?

 未来を変えることで、過去に起こった事象を回避する。……できんの?


「しばらく仲良しごっこはしてたんだ。TGXがサ終したり、オレも働いて稼がねーと生きてけねーから働いたりで一時期疎遠にはなったけどよ。エーゴから一緒に働かね? って連絡来た時にはびびったぜ。ま、理系ってガラじゃねーから、一週間で辞めちまった」


 シイナは自嘲気味に笑った。お世辞で「そうでもないですよ」と言いたかったが、残念ながら理系っぽさはない。一週間で合わなくて辞めたってことなら、ユニ――ではなく、ユニの中のアンゴルモアに処分されずに済んだのだろう。


「っていうか、代わりのやつに働かせよっていう考えについてけねーんだよな。オレ、仕事好きとは口が裂けても言わねーけど、人生ってさ、仕事して手に入れた金で自由にうめーもん食ったり欲しいもん買ったりしてこそじゃね?」

「それで、なんですね」


 俺は納得したけど、シイナには「ユートピアの由来は名付け親のカイリに聞けよ。オレは知らね」と返された。


「オレより先に辞めた奴らが、オルタネーターのいない世界を作ろうとしてるらしいぜ。サングーも興味あんならそっちに顔出したらどうだ?」


 五代からも聞いたな。人間だけの世界。まあ、研究施設Xanadu崩壊で実現に近づいていそうだけど。


「四方谷さんがユートピアココを気に入っているので……」


 というか、出ていってほしいんだろうか。四方谷さんを出しに使ってしまったけど「四方谷さんというオルタネーターを連れているように、俺はオルタネーター否定派でもないですし」と移動する意思がないと明言する。


「あの子、オルタネーターじゃなくね?」


 シイナは足を組み直した。第四世代ともなれば人間とほとんど変わらな――人間とそっくりにしすぎる必要性はないな。人間の方が優位でなければならない。人間じゃあないし。オルタネーターは代替品であって、人間より優秀ではいけない。


「オルタネーターってさ、じゃんか。あの子は臭くないっていうか、ウエノ駅で会った時からサングーの娘だと思ってた」


 においの話は、俺の鼻がおかしいっぽくて、他のオルタネーターの近くを通ってもよくわからない。とはいえ、は違うだろ。


「ま、みんなあの子のことを歓迎してるから、人間だろうとオルタネーターだろうとどっちでもいいっちゃいいんだけどよ……」


 一ヶ月経って、マスコットキャラみたいな立ち位置を獲得している。この部屋に来る前も、レモさんが四方谷さんの髪の毛で遊んでいた。四方谷さんはツインテール以外落ち着かないらしいけど。


「ピースメーカー計画、ってなんだ?」


 俺はパッとシイナの目を見た。ここ一ヶ月で一番真剣な表情をしている。こういう顔もできる人だったんだな。


「答えられないのなら、ユートピアのトウキョー支部のギルマスとして、お前を追放する」

「……そうですか」


 四方谷さんは残して、俺は追い払う、か。嫌だなそれ。俺名義の携帯端末を持たせっぱなしだし。


 どこからどう説明していこう。シイナはどこまで聞いたんだろうな。五代が情報源だろうけど。


「エーゴはサングーの兄だったかもしんねーが、俺はサングーの兄じゃねーからよ。一ヶ月様子を見てたけど、置いておく義理もあんまねーんだよな」

「まあ、そうですよね」


 俺は俺で前科持ち、四方谷さんはオルタネーター。金には余裕がなく、職もない。家を借りるのにも苦労する。ここに住まわせてもらえているメリットと天秤にかけて、俺は話すことにした。

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