第91話 ユートピア


 義理の兄の五代英伍ごだいえいご――父が同じの、半分だけ血の繋がった、腹違いの兄――は最期まで信用できずにいたのに、赤の他人である九重理玖ここのえりくは信頼して後ろをついて歩いている現実。我ながら不思議だな。


 九重さんとはまだ二言三言しか話していないものの、なんとなくついていきたくなるような、裏表だとか打算とかのそのたぐいの邪念を感じさせない男だ。俺はそう思うけど、隣の四方谷さんはどうかな。


「なんだよ」

「いや、相変わらず不機嫌そうだなと」

「そりゃそうだろ。早く結び直したい」


 ご本人は九重さんから頭を撫でられたせいでツインテールが崩れたんじゃあないか、とずっと気にしている。俺が見た感じ、言われなきゃわかんねェけど。


「もうちょっとだけ我慢してください」

「わかってるよ」


 直すまで機嫌も直らないだろう。

 そっとしておこう。


 九重さんは時折こちらがついてきているのか振り向いて確認しつつ進んでいく。四方谷さんの歩く速度に合わせているので、成人男性の歩く速度と比べたら遅い。置いて行かれそうになってしまうけど、向こうがほどほどに立ち止まってくれるので、見失わずに済んでいた。そういう気遣いができるから、会ったばかりだというのに好感度が高いのかもしれない。


 ウエノ駅からシノバズ池を迂回して、道なりに……と、俺が見慣れた景色を進んでいる。俺が後妻さんのご実家だったり、引き取られる前に住んでいたマンションだったりがあるエリアだ。四年ぶりに訪れたけど、地震の影響はさほど感じられない。オルタネーターたちが一生懸命働いたおかげで、復興が進んだ証拠か。壁にはひび割れを修復した痕跡が見つかったり、道路は舗装し直されたりしている。


 そんなオルタネーターも、研究施設Xanaduが崩壊してしまったし……現行機の第三世代が動かなくなったら、どうすんだろ。研究施設Xanaduの崩壊は、新しい働き手を供給できなくなっただけでなく、故障したら直したり処分する場所が――人間で例えるなら病院だったり火葬場だったりする場所が――なくなってしまったことと同義だ。


 これまでは一社が独占して担っていたオルタネーターの製造業。他にもオルタネーターを作れる場所があれば、……いや、ダメだろ。オルタネーターを生み出すには、素体となる第一世代の肉塊とアンゴルモア細胞が必要不可欠だ。簡単に〝コズミックパワー〟が外部に流出するわけないよ。安藤もあを名乗っていた宇宙からの侵略者・アンゴルモアの遺体の話からしないといけないしさ。


 これからは人類の時代に逆戻りしていくんじゃあないか。五代の話していた通り。人間が人間のために働く社会が、またやってくる。というか、五代がその手を汚す全てのオルタネーターを廃棄する代わりに、アンゴルモアが、五代を殺害したのと同じ手段触手で、オルタネーターの未来を奪っていったのか。おもむき深い。


「着いたぜ」


 神佑大学の敷地内を端っこから端っこまで歩いて、到着したらしい。俺は神佑大学の図書館には何度かお世話になったけど、こちらの別館に来るのは初めてだ。以前は立ち入り禁止になっていたけど、今はロープがない。実験に失敗したとかコンセントのほこりを取り除かなかったとか、そんなしょうもない理由で火事があったんだとさ。


「ここがアジト?」


 四方谷さんが九重さんに聞いて、九重さんが「俺たちユートピアの、トウキョー支部だ」と親指を立てながら答える。ザナドゥの次はユートピアと来たか。なるほどな。


「中で話そうぜ。お茶もお菓子もあるからよ」


 お菓子、の単語にピクッと反応する四方谷さん。オルタネーターは(人間から与えられた場合を除いて)嗜好品の摂取を制限されている。お茶は水分補給の目的があるので許されるけど。お菓子は『百害あって一利なし』と教え込まれているはずだ。できれば四方谷さんにも控えてほしい。なくても生きていけるものだしさ。


「四方谷さん」

「わかってんよ。食わねェって」


 そう答えながらしょげている。嘘八百だけど『第四世代は砂糖を多量に摂取したら肉体が溶けて人型を保てなくなる』ぐらい大袈裟なことを言い聞かせてもよかったんじゃあなかろうか。


 俺と四方谷さんとのやりとりを見て「サングー、そのことはそのうち、男同士ふたりきりで話そう」と九重さんから肩を叩かれた。そのことがどのことだかわからないが、と言っているし、四方谷さんに聞かれるとまずい話かも。頷いておく。


「足元、ワックス塗り立てで滑りやすいから気をつけろよ」


 入り口の扉が開け放たれた。内装は壁紙が張り替えられていて、火事の面影はない。天井も煤ひとつなく、九重さんのおっしゃる通り、床はツルツルしている。四方谷さんが早速転けそうになって、俺にしがみついた。研究施設Xanaduには清掃係のオルタネーターがいたけど、乾拭きと水拭きを毎日していたぐらいか。


「ほらー」


 茶化した九重さん本人も転びそうになって手すりに掴まった。頭を掻いて「へへっ」と照れ隠しに笑っている。俺も手すりを使いながら、九重さんを先頭に一番奥の部屋を目指すらしい。


「五代さんとはどういう知り合いなんですか?」


 足を滑らせないように注意しながら、気になっていたことを訊ねる。九重さんのような、言っちゃ悪いけどガラの悪い人間と、中性的な顔立ちに長髪糸目の真面目な関西人な五代。どこでどう知り合ったのかが不思議で仕方ない。


「最初はべっチだったけど、昨日の敵は今日の友っつーか、ま、そんな感じ?」


 何もわからない。

 大天才の四方谷さんでさえも「そっちの言葉を使われてもわかんねェから、あたしらにわかるように言ってくれよ」と言っている。


「どっから話せばいいかな……説明はレモさんのほうが得意なんよな……ぶん投げるか」


 新しい単語が出てきた。レモさん、という人? が詳しく説明してくれるのかな。まあ、さっき『俺ユートピア』って言っていたから、九重さん以外にも人がいるんだろ。


「ふう」


 廊下を乗り越えて、ようやく一番奥の部屋の扉に到着する。ワックス塗ったの絶対失敗だろこれ。四方谷さんも額に汗を浮かべていた。


 大天才、運動は苦手だったな。座学は満点なのに、体力テストになると赤点だったし。忘れていた。今日はただでさえもいろいろあったから、早めに休ませないと。


「ただいまー」


 九重さんが挨拶しながら入っていくと、中からは三人分の「おかえりー」の声が返ってきた。声は三人分だけど、女性が一人、パソコンの前に座っているだけだ。あとの二人は


「わあ! 可愛い!」


 青い髪の女の子の口が動いているので、そっちの子が話しているようだ。四方谷さんを見ての感想だろう。俺に対して可愛いはないだろうし。……どこから見てるんだろ。


「ようこそユートピアへ! わたしがギルドマスターのカイリです!」

「「ギルドマスター?」」


 四方谷さんと同じ言葉を発してしまった。聞き慣れない単語だ。マスターというからにはユートピアの代表者なのか?


「かつて存在していた『Transport Gaming Xanadu』の和風都市ショウザンにある、転生者二人が所属するギルドが。なのだよ」


 ナチュラルメイクに灰色のジャージ姿、上から淡い黄色のパーカーを羽織っている赤縁メガネの美人が、椅子から立ち上がって説明してくれた。名前を知りたい。


「とらんすぽーとげーみんぐざなどぅ」


 四方谷さんが英単語を復唱する。俺はユニから何度も聞いていたけど、四方谷さんがこのゲーム名を聞くのは初めてか。カイリさんの隣にいる、褐色の肌に鎧を着込んだ美女が「あなたが生まれる前にサしゅうしちゃったMMORPGなんて、知らなくても無理ないよ」と残念そうに言った。この人の名前も教えてほしい。


 というか、知らない単語がどんどん出てくる。


「オレとレモさんは、ここで〝知恵の実〟と協力して、カイリとルナのデータを『Transport Gaming Xanadu』から救出したんだぜ。すごくね?」

「やったのはレモさんで、シイナは横で見てただけらしいじゃんか」

「うるせー! オレもやってたわ!」


 待てよ。

 ユニは『Transport Gaming Xanadu』にいる一色京壱いっしきけいいちに会うために、あれこれ動いて、おそらくその成果物が時空転移装置じくうてんいそうちなんだよな?


「あの、ちょっといいですか」

「はい、参宮くん」


 消去法的にこの薄化粧美人がレモさんか。


「その『Transport Gaming Xanadu』には、一色京壱って人もいたはずなんですけど、知りませんか?」


 俺の言葉に対して、褐色美女が「ぼくです……」と気まずそうに手を挙げた。

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