Phase5

第90話 未知との合流

 大事故が起きているぶん、テレビクルーのオルタネーター集団はせわしなく現場の様子を伝えている。野次馬も多い。リポーターのオルタネーターが「付近住民が、一体のオルタネーターが人型のものを抱えて姿を目撃している」とカメラに向かって話している。その部分だけ、やけに耳に残った。


「四方谷さん」

「なんだよ」

「携帯端末を捨てましょう。……新しいものを買います」


 捨てましょう、だけでは反発されそうなので、新しいものを買う、と条件を付け加えた。

 決済関連は俺の携帯端末があればできるからさ。


 オルタネーターが携帯端末を不慮の事故で紛失した場合は、製造番号と人相とで照合して新しい携帯端末が支給されるような仕組みとなっている。ショップに行けば三分で渡されるだろう。だが、オルタネーター用の携帯端末を四方谷さんに渡すわけにはいかない。


 アンゴルモアは四方谷さんを探している。そりゃそうだ。四方谷さんをとして作ったのだから、アンゴルモアが四方谷さんの身体に寄生した時にピースメーカー計画の全ての目的は達成されるんだよ。オルタネーター用の携帯端末を四方谷さんが持ったままでは、すぐに居場所がバレてしまう。


 というか、アンゴルモアが俺の中にいるのであれば、四方谷さんと一緒にいるのも筒抜けのような気がしなくもない。まあ、四方谷さんから離れるわけにはいかないんだけども。もし、俺の中にアンゴルモアが実はいないのだとすれば、元音楽室のあれはなんだったんだ。やっぱり安藤もあは狸寝入りしていて、あの状態から俺を操った? いや、寝ている意味がわからないな。五代を誅殺するのであれば、別に棺から起き上がってもよかったはずだ。そんで俺と合流して、四方谷さんのところに行けばいい。


 研究施設Xanaduを破壊してしまったのもよくわからない。四方谷さんを作って、ユニは『Transport Gaming Xanadu』の世界に飛んだから、もうオルタネーターを製造する必要はなくなったってことなのかな。アンゴルモアは人類を滅亡させたいのだし。これ以上、人類を楽させるつもりはないのか。人口も戻ったことだし、かつてのように働けって話か?


 あれこれ考えてみたが、正解は侵略者に聞いてみないとわからない。

 ――その日が来るのは、なるべく遠いほうがいい。

 来ないほうがいいまである。


「わかった。捨てる」


 携帯端末には服ほどの執着がないようで、四方谷さんは大きく振りかぶってから携帯端末を放り投げた。

 放物線を描いて、火の海へと消えていく。


 このタイミングで、俺の携帯端末に一件のメッセージが届いた。俺を心配してくれているものだと嬉しいけど、悲しい哉、そこまで俺を想ってくれている人が思い当たらない。俺が逮捕されても、懲役が決まっても、面会に来てくれるのは五代ぐらいだった。……学生時代は程々に人付き合いがよかったほうだったじゃあないか。ただの同級生を気にかけるよりは自分の生活のほうが優先だな。まあ、そうだろうよ。


 メッセージを確認する前に、まだ存命で俺の連絡先を知っている人の顔を思い出す。


 まず、祖母。絶縁してしまったので、今どうしているかわからない。まだあの家には住んでいるんだろうけども。俺が研究施設Xanaduに勤務していたことを知っているかどうかも怪しい。


 次に、弁護士。俺と並び立って『オルタネーターは人間ではない』と声高に主張した彼。人間ではないから、死刑は誤りであると。器物損壊では死刑にはならない、と。


 最初に会ったとき、彼は俺を知っているようだったけど、俺は彼のことを覚えていなかった。彼曰く、俺は小学校のクラスメイトだったらしいよ。小学校の頃なんて、思い出そうとすると吐き気が込み上げてくるぐらいだ。思い出させないでほしい。彼には申し訳ないけど。本当に覚えていないことを伝えると、彼は苦笑いしていた。


「鳴ってんぞ」

「わかってますよ」


 自分の携帯端末を取り出して、メッセージを見る。送り主の名前は『シイナ』とあった。祖母でも弁護士でもない。


『\u5341\u4e03\u6642\u306b\u30a6\u30a8\u30ce\u99c5\u3067\u5f85\u3064』


 四方谷さんが「あたしにも見せろ」と言うので、しゃがんで画面を見せる。日本語でないとすれば英語ぐらいじゃあないかとたかをくくっていたであろう四方谷さんは「なんだこれ」と、これがユニコードだと見破れていないようだった。俺も前に似たような暗号を解いていなかったら「なんだこれ」となっていただろうし、大天才をバカにはできない。


「十七時にウエノ駅で待つ」


 変換サイトで変換して出てきた文字列を読み上げる。


 ここからウエノ駅か。電車に乗って向かえば間に合う。この『シイナ』という人物がどのようにして俺の連絡先を手に入れたのか、どのような目的で俺に接触しようとしているのか、怪しいといえば怪しいが、俺にも四方谷さんにも行くアテがないのもまた事実だった。


 わざわざユニコードで送ってくる辺り、ユニに関連している人物なのかもしれない。


「行きましょう」


 俺が差し伸べた手を四方谷さんは「うん」と答えて、掴む。あっさりとついてきてくれた。俺がスラスラと暗号を解いてしまったから、知人からのメッセージだと思い込んでいるのか。


 またもや『俺は覚えていなくても向こうは覚えているパターン』じゃあなかろうか、と勘繰りながらウエノ駅まで移動した。


 ウエノ駅の改札を通過して「よぉ。お前がサングーだな?」と声をかけてきた男の顔に、やはり見覚えはない。初対面の俺を『サングー』と呼んでくるから、こいつが『シイナ』なんだろうけど。派手に赤と黒で塗り分けされたツーブロックの髪型に、革ジャンとスキニーパンツの細身な男。


九重理玖ここのえりく。気軽にシイナって呼んでくれ」


 本名にかすりもしないニックネームを言ってから、屈んで「も、仲良くしてくれよな」と四方谷さんの頭を撫でる。俺の娘だと思われてんのか。全然似てないのにな。


「触んなよ」


 四方谷さんは頭を撫でられたくないタイプのオルタネーターだから、不快感を露わにした。

 理由としてはツインテールを崩されてしまうかららしい。あとで結び直してあげよう。


「ごめんごめん」


 九重さんだかシイナさんだかは、四方谷さんに謝っている。初手から悪い印象を与えてしまっているが、すぐに謝ってきたし、彼の『仲良くしてくれ』は本心からのものらしい。謝られても四方谷さんは不機嫌そうだけど。


「エーゴから『弟をよろしく』って言われてんだ。ふたりをオレたちのアジトに招待するぜ」

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