第89話 殺戮すべき数多の異形


 ユニの部屋には、装着型学習装置のヘルメットを目深まぶかに被った四方谷さんしかいなかった。

 ヘルメットと無線で接続されているノート型パソコンの画面に、時空転移装置じくうてんいそうちなるものの設計図が表示されている。


 身体に悪そうな保存食ばかり積み上げられていた研究室とは違い、こちらは閑散としていた。荷物を段ボールに詰め込んで、引越し業者に預けた後の状態と酷似している。


 ひょっとしたら、ユニはすでに『Transport Gaming Xanadu』の世界へと旅立ってしまったのかもしれない。

 俺には何も伝えられていないけれども。


 行く前に別れの言葉のひとつやふたつぐらいは欲しかったな。俺とユニの仲なのだし。……もう二度と会えないか。まあ、研究施設Xanaduに到着してからは、共に過ごした時間は決して多くはなかった。俺が逮捕されていたってのもあるし。再会した時には「生まれてこなければよかったのに」だなんて言われたけど、振り返ってみれば、あの言葉はユニの本意だったの? ――どっちなんだろ。質問を投げかけても、答えてくれる人はいない。真意はわからずじまいだ。


 ユニの目的からして、いつか必ず来る別れではあった。最初からわかっていたことさ。わかっていたことなのに、こうして本当にいなくなってしまった現実を目の当たりにすると、寂しさがふつふつと湧き上がってくるようだった。もう二度と帰ってこない。これまでは、会えなくともいずれ戻ってくるものだとわかっていた。これほどまでに喪失感を味わうなんて、俺はユニのことが好きだったんだろう。


 天変地異が起こっても、ユニは俺のことを見てくれない。

 一縷の望みもないのにさ。


 俺の知っているユニは、最後まで一色京壱いっしきけいいちしか見ていなかった。発言がブレている時は、アンゴルモアに操られている時ぐらいなもん。この世の全ては京壱くんと再会するための布石。京壱くんと再会するためならなんでもする。その行動力と、実行に移すにあたっての思い切りの良さ、破天荒で、自己中心的。俺の存在を利用して俺の実の母親から資金を調達する巻き上げるような、したたかな一面もあった。


 京壱くん以外の人間を駒ぐらいにしか思っていなかっただろう。……どう考えても、俺がユニを手に入れることはない。限りなくゼロなのに、俺はユニに恋していた。絶対に叶わないのは、五代を見ても明らかなのにな。いやまあ、五代はいとこ設定がまずかっただろ。いとこ同士は結婚できるけどさ。


「感傷に浸っている場合じゃあないな……」


 ユニはピースメーカー計画を立ち上げて、俺にひいちゃんとそっくりの四方谷さんを与えた。


 地球上での約束は果たされたから、ようやくMMORPGの世界へ飛び立っていったのだろう。生きている人間であるユニがゲームの世界に転移するすべとしては、アンゴルモアが地球に来た時の〝コズミックパワー〟を転用したものだとしか知らない。


 この画面に表示されている時空転移装置とやらが、現実の世界からゲームの世界への移動を可能にするものなのか?


 ヘルメットを外してやると、急に視界が開けた四方谷さんは「あ、あれ?」と素早く瞬きをする。これはオルタネーターの早期育成のために作られた装着型学習装置だ。けれども俺は以前、物は試しと被った。プログラムを開始すると、バーチャル空間に放り込まれる。


 バーチャル空間ではチュートリアルが始まった。チュートリアルを終えたらバーチャル空間を自由に動き回れるようになっていて、現実の肉体は座ったままなのに、普段できないような動き――パルクールだったり、二段ジャンプだったり――ができて楽しかった。本来ならチュートリアルの後に、各々おのおののオルタネーターに合わせた学習プログラムが始まるけども。


 外した後には脳の疲れがどっと押し寄せた。現実の身体が一ミリも動いていなくとも、脳内で処理される情報量は変わらないのだとか。改良前のバージョンでは、肉体のダメージ量を反映させなかったらしい。バージョンアップのきっかけは事故だった。バーチャル空間で学習したオルタネーターたちが現実空間でも「これぐらい動けてしまうんじゃあないか」と錯覚して無茶な動きをし、負傷するケースが相次いで起こったんだとさ。


 おかげでしばらく筋肉痛に悩まされた。


 視界が回復すると、今度は「参宮、ここはどこ?」と聞いてくる。四方谷さんはユニに呼び出されてここに来たのだから妙な質問だ。しかし、ユニはもうここにはいない。つまりは「ユニの部屋だよ」と答えるのは不正解になる。


「危険なので研究施設Xanaduを出ましょう」


 俺は四方谷さんの右手を掴んで引っ張った。元ユニの部屋を出る。ノート型パソコンを持って行くか――ユニの持ち物だろうから、盗んで行くことになんの? 返却はできないから借りるってのは違うし。まあ、持って行く、でいいか――を悩んだが、アンゴルモアの起こす地震が俺を急かした。


 状況を飲み込めていない様子の四方谷さんだったけど、建物の揺れで「うわっ!?」と飛び上がる。大天才が人生……オルタネーター生? で初めて経験する地震か。島国である我が国は地震が多いけど、ここ数年は起こっていなかったからな。


「外に逃げないと!」


 急がせようとしたのに四方谷さんは「あたしの部屋に行かせてくれ!」と出入り口とは逆方向に進もうとする。生き埋めになりたいのかこの子は。言いたかないから言わねェけど、オルタネーターの救助は後回しにされるぞ。俺以外の、俺を疑って犯人だと決めつけてくるようなゴミカスな研究員たちを先に掘り起こすに違いない。


「あのですね、四方谷さん。ここでは避難訓練をろくにしてこなかったでしょうけど、避難時に『戻らない』ってのは常識なんですよ」


 大天才には頭ごなしに叱りつけるよりも常識を押し付けたほうがいい。

 普段なら。


「参宮からもらったもんをほっとけるか!」

「俺から?」

「服だよ服!」

「ああ、あの……」

「買い直せばいいってもんじゃねェだろ!」


 オルタネーターって反抗しないんじゃあなかったっけ。

 第四世代から仕様の変更があったの? そういう変更があるんならさ、現場の人間に教えてほしいよな。サイレント修正はよくないよ。


「参宮だけ先に逃げとけよ。あたしは後で行くから」


 聞き分けのないガキみたいなセリフを言い捨てて、四方谷さんは俺の手を振り解いた。身体を反転させて自分の部屋の方向へと駆け出すから、俺は追いかける。


 四方谷さんを失うわけにはいかない。


 俺はその一心で「待て!」と叫ぶと、四方谷さんの目の前の。触手は無差別に建物をむしり取っている。


「あっ、ああ……!」


 腰を抜かしてしまった四方谷さんを抱き上げた。諦めきれないだろうけども。こうやって物理的にルートがなくなってしまったらどうしようもない。諦めてくれ。


「クソがよ!」


 俺は暴言を吐く四方谷さんを抱えたまま廊下を進んで、校門から敷地外まで出た。上空に、小さな点が浮かんでいる。その小さな点から触手が伸びているので、あれがアンゴルモアの現在の姿なのだろう。


 さらに爆発音がした。

 研究施設Xanaduから火の手が上がる。


「……もう下ろしてくれてもいいだろ」

「戻ろうとしなければいいですよ」

「しねェよ」


 四方谷さんをそっと下ろしてやる。そのまま力なくへたり込んでしまった。そっとしておいてあげよう。


 オルタネーターを製造している唯一の研究施設Xanaduはこうしてアンゴルモアによって破壊された。社会基盤がこの世の中はこれからどうなってしまうのかと、まるで他人事のように考えてしまう。


 燃え上がっている様子が、あまりにも非現実的で、美しくさえ見えてしまったから。


 全部俺の夢だったらいいのに。誰も救われないようなとんでもない悪夢だったなら、俺が目を覚ますだけで終わってくれる。人類がまだ、人類同士でいがみ合っていた時代。オルタネーターなんていない、人間だけの世界。


 でも、その世界には四方谷さんはいないのか。





【オートセーブが完了しました】


SeasonY

Phase4

〝代替品〟end.


→続きを見る。

→SeasonXに戻る。

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