第88話 ハルマゲドン

 五代と俺が元音楽室に入って行くのを見かけた奴がいる。そいつは味方を集めて、俺を責めた。そいつらが寄ってたかって俺を疑う。それもそうか。五代の言う通り、元音楽室の中に監視カメラは設置されていなかった。元音楽室に入っていく姿を目視で確認できただけでなく、廊下に設置された監視カメラもふたりで入って行く姿を捉えている。証拠の映像を俺も見させられた。


 五代と最後に会ったのは俺。間違いなく俺が最後だな。

 奴らの言い分としては、俺が五代の行方を知らないのはおかしいんだとさ。


「五代は、オルタネーターを全廃棄しようとしていた」


 俺は五代の言葉を奴らに伝える。するとどういうことだろう。紛れもなく五代の言葉で、俺の考えではないにも関わらず、俺を介しただけで。信じないどころか、俺を嘘つき呼ばわりしてくる。奴らには、研究施設Xanaduの最高責任者である五代の威光を借りて、身勝手な案を通そうとしているように聞こえるらしいよ。驚くだろ。


 俺には四方谷さんがいる。


 四方谷さんは人一倍――オルタネーターにの付く熟語を使用するのが適切かどうかは、今は考えないようにしよう――責任感が強い。最新型の第四世代というプライドもあるから、もし全廃棄が決定すればいの一番に食肉加工場に飛び込みそうだよな。やめてくれ。


 五代の死によって、ひいちゃんとの思い出の品ウサギさんの所在地は聞き出せなくなってしまった。となると、俺の心の支えは四方谷さんしかいない。俺の義理の妹。事故死したひいちゃんにそっくりの、代替品オルタネーター。四方谷さんを失った時が、俺の死ぬ時だと思う。


 だから、四方谷さんが携帯端末に届いたメッセージを見て「弐瓶教授が一人で来てって言うから、行ってくる」と言ったきり戻ってこない現状はもどかしい。


 第三世代以降のオルタネーターが所持している携帯端末は人間のものとは異なる。足場や視界の狭い危険な現場や雨天時、荒天時の作業などで破損しないような、また、落下の衝撃に耐えられるような構造だ。浸水してもドライヤーで乾かせば直る。噂によると、オルタネーターの身体が砕けても携帯端末は無事だったらしい。


 対して人間の持つ携帯端末は、地球上にいるすべてのオルタネーターの携帯端末の位置が特定できるようになっている。そのオルタネーターが携帯端末を手放さないかぎりは、どこに逃げても隠れてもすぐにバレる。管理者の人間に見つかっておしまい。まあ、どっか行って帰ってこなかったって話は聞かねェな。オルタネーターは従順で、反抗しないから持ち場を離れないからさ。


 あと、オルタネーターは自分の意志で物を捨てない。

 人間からの命令がないと所持品を廃棄しないんだよ。


 四方谷さんへ買い与えた洋服の半分ぐらいは、他の第四世代のオルタネーターに踏んづけられたり破られたりしてしまった。人間がオルタネーターを人間ではない代用品だと差別し続けた結果、第四世代ともなればオルタネーターの間でも差別意識が生まれている。あるいは、四方谷さんを特別扱いしているから、嫉妬の感情があるのかもしれない。


 大天才の四方谷さんはお前らとは違う。


 待遇が違うのは当然だろ。……と、俺は訴えたいんだけども。ユニからはオルタネーターらしくしろと釘を刺されたな。


 ボロボロにされた布切れはさすがに着られないだろうと、掴んで燃えるゴミに捨てようとしたら「取っておく」と四方谷さんに横から奪い取られた。俺にとっては薄汚れた、価値のないもの。だけども、大天才の四方谷さんは「いずれ直す」と言って、布の塊を教科書やらノートやらの学習用品を入れるために支給されているリュックサックへと押し込んでいた。大天才だし、そのうち有言実行して裁縫をマスターしそう。普通の五歳児ならボタン付けすらできないだろ。


 俺は自分の携帯端末を取り出し、四方谷さんの居場所――というか、四方谷さんの持っている携帯端末の現在位置――を特定する。ユニの部屋だ。ユニに呼び出されていたんだからおかしくはないけど。


「行ってみるか」


 椅子から立ち上がり、自室を出ようとして。壁に手をついて転倒を防ぐ。突然の地震。……まあ、事前に予告のある地震のほうが珍しいか。揺れはすぐに収まった。ほっと胸を撫で下ろした瞬間に、次の揺れは襲いくる。


 廊下の照明が奥のほうから順番に消えていき、けたたましいサイレンの音が鳴り響いた。


 行ってみるかじゃあない。行かなきゃ。四方谷さんのところに。きっとユニもいるはず。ふたりで机の下に隠れてくれているといいけども。


「!?」


 窓の外の景色が視界の端っこに入ってしまった。俺が向かわなければならない場所よりも、そちらの景色に目を奪われる。。五代の首を絞めたものと同じ『触手』という単語で表現していいものかわからない。


 丸太のような太さの触手が、八本、宙から振り下ろされて研究施設Xanaduの屋根を崩していく。廃校を再利用したものだから、外観はパッとしない。腐っても教育関係施設だったものだし、非常時には避難施設として指定されている。だから、それなりに強固な作りとなっているはずだ。それなのに、触手は易々と壁を削り取っていく。


 揺れは天災の地震ではなく、建物へと触手が叩きつけられた時に生じているものだ。


「クソ!」


 アンゴルモアは何を考えている?

 ――五代を絞殺した、俺の中に残存しているアンゴルモアは答えない。


 あれっきりだ。

 俺が無実の罪でなじられようと、沈黙を貫き通した。


 奴らに「俺の内なるアンゴルモアが五代を殺した」などと言っても、トチ狂ったと思われるのがオチ。俺は悪くない。俺はただ、五代に言われるがままに元音楽室の扉を開けただけなのにさ。ちっとも悪くないじゃん。


 建物が揺れるたびに手すりへ掴まりつつ、俺はユニの部屋まで辿り着いた。


 研究施設Xanadu唯一の女性研究員であるユニの部屋は最もセキュリティレベルが高い。ユニの寝込みを狙うような奴……まあ、いるか……ともかく、ユニしか入れないようになっているはずだけども、今回はロックがかかっていなかった。不幸中の幸いだよ。ここで施錠されていて、開けられないなんてことになったら中にいるふたりは逃げ遅れる。俺にロックを解除する知識と技術があったら何回か解除してるな?


「四方谷さん! ユニ!」

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