第87話 “I must be back.”
【オートセーブ中です】
後顧の憂いを
いつでも
「……ふぅ!」
手元のスイッチをポチッとなと押すだけで、私は『Transport Gaming Xanadu』の世界へ行ける。
前回は過去に飛んじゃったんだけどけど、今回は大丈夫いぶい。
大天才の
私のお部屋にいるよん。
彼女は一通り学習が終わって頭に被っているヘルメット型の装置を外したら、私のことなんて忘れちゃっている。彼女にしてみたら、名前も声も、顔も覚えていない
大天才がピカッと閃いた、ってことにでもなるのかもねん?
「パパ、彼女を守ってね」
この声は彼女のパパには届かない。届いても、自分がパパだとは知らないもんね。ユニが変なこと言ってるよ、ってなっちゃう。
真実を知っている宇宙人が
私は彼女を見捨てる。
見捨てて、京壱くんと二人で生きていく。
でも、私もむざむざと「はいどーぞ」って彼女を侵略者の器として差し出しはしないのん!
時空転移装置の設計図とともに、ジャミングシステムをプログラミングしている。人間の身体は、脳からの電気信号で動いている、ってのはみんなご存じの通り。足を一歩前に動かす運動にせよ、日々を過ごしていく記憶にせよ、全部まるっとゼロとイチの電気信号とも言えちゃうじゃーん?
ジャミングシステムは〝コズミックパワー〟の波長を打ち消す。
なんということでしょう!
「そんで、準備はいいか?」
この部屋には、私の他に誰もいない。宇宙人と協力して、時空転移装置を密かに開発していた秘密基地。英伍くんにもナイショの地下室。あの遺体のある音楽室よりもセキュリティレベルは高い。当然、あいつのカードキーでも入ってこれないのん。
だから、この言葉は私が内なる私に対して聞いている。
空っぽのオルタネーターの殻は、ベッドに仰向けに寝かしてあるよーん。
連れ帰ってきた京壱くんの魂をねじ込むためのものだよん。
――長かった。
ここまで長い道のりだった。私の努力は、ここで実を結ぶ。
「さあて、レッツゴー!」
ポチッとな。
グオングオンと、コイルはぐるぐると回る。
磁場を発生させて、時空が歪んでいく。
っていうか、開始一分足らずで到着したっぽい。
「……うん?」
手元にはスイッチ。
目の前には扉。
スイッチを押す前と、押して動いた後の現在で、見える景色に変化はない。
あっれぇ、おかしいなあ。
駆動音はしていたから、動いていなかったとは言わせないよん?
「扉を開けたら、もはや懐かしい和風都市ショウザンの景色が広がっているとかとか」
かすかな期待。スイッチを壁にかけて、扉を開ける。ここには戻ってこないといけないからねん。私一人じゃなくて京壱くんと二人で。置いといた場所は、覚えておかないと。
装置の外には、闇が広がっていた。
踏み出したその右足は踏む場所を見つけられず、身体のバランスを崩して「んにゃ!?」前のめりに倒れる。
掴むところがなく、私は闇の中へ自由落下していった。
「え、ええ、えええええええええええええええええ!?」
悲鳴が闇に吸い込まれていく。不思議と息は苦しくない。スカイダイビングのように両手両足を広げて墜落していった。どこに向かっていくのか、先が見えない。落ちた先によってはバラバラになってしまうかもしれないと思うと、私は受け身を取るべきなのん。
光もなく、左右の区別がつかない。
上を見たら、時空転移装置がどこにも見当たらなくなってしまっていた。あれがないと、私は元の世界に戻れない。私は片道切符で来たつもりはないのん! 絶対に帰らないといけないの! 私は、私は、私は私は私は私は!
「!」
音もなく現れた青年が、私の右手首を掴んでいた。落下は止まって、私はようやく真っ直ぐ立てる。足元には依然として闇が広がっているけどけど、見えない足場が用意されたっぽい。
メガネをかけたイケメンってのは、京壱くんとの共通点。イケメンはイケメンでも顔のタイプは違ってて、こっちは正統派のイケメンってかーんじ。白衣を着ていて、理系感が漂っている。
「こんなところにひとがくるなんて、あしたはゆきがふりそう」
容姿端麗なのに口から出てくる言葉が女性の声だったから、私は「女の子!?」とびっくりしてしまった。
「自分は〝知恵の実〟といいます。まさひとくんがつくった人工知能だよ」
答えになっているようななっていないような返事をされる。人工知能。ほほう、人工知能と申すか。頭の先からつま先まで人間の姿をしていた。
「ここは、インターネットのごみすてば。インターネットとインターネットのあいだにあって、いらなくなったインターネットがあるばしょ。どうしてきみは、ここにきてしまったの?」
いらなくなったインターネット?
インターネット……?
私が行きたかった『Transport Gaming Xanadu』の世界は。
あのMMORPGの世界は、いらないっていう判断なのん!?
「私は、京壱くんを連れ戻したくて来たの」
「くわしくきかせて」
闇の中で、他に人影はない。
帰り道の時空転移装置は、どうやって探せばいいのか見当もつかない。
だから私は話した。
これまでのこと――京壱くんとの運命的な出会いの話から、指輪をあげた話、京壱くんのゲーム好きの話、転生した話、戻ってきた話、戻ろうとして頑張った話、頑張ったけども誰も認めてくれなかった話、それから、私が京壱くんを連れて帰ろうとしている世界の話――を。
人工知能〝知恵の実〟は私の話に口を挟まない。最後まで聞いてから「おねえさんがいきたかったゲームのせかいはこのとおり、ないよ」と残念な現実を教えてくれた。……そんな感じはしてたよん。
「自分にしてあげられることは、ひとつだけある」
「といいますと?」
「ここはインターネットとインターネットのはざまにある。おねえさんのもといたせかいに、おねえさんをかえしてあげるのは、おねえさんにとってはよくないとおもうから、」
左手の人差し指で空間に長方形の枠を描いた〝知恵の実〟は「かこのせかいのおねえさんに、なろう」と言った。
枠の中に女子高生の頃の私が映し出される。
「私になる」
「このみらいをくりかえさないためにはなにをすべきか、いまのおねえさんにならわかるはず」
女子高生の頃の私がこちらに気がついて、目を丸くしていた。若くて、お化粧も何もしなくてもかわいい私。私にこの記憶はないから、この女子高生な私は違う私。侵略者にしてやられてしまう運命にある世界にいる私ではない。
「人格を上書きして、二度目の
京壱くんの後を追って、転生する前の私から。
やり直せる。
「そう。おねえさんのために、ひいてはじんるいのために」
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