第85話 救世主 〈真〉

 一人の人間安藤もあとして生きてアンゴルモアは、そこでひつぎの中にいて、微動だにしない。かつて安藤もあは、俺の身体を操ってみせた。俺に包丁を握らせて、この首に突き刺そうとして、やめている。あのやりとりが最後だ。安藤もあが動いている姿を見たのは。そのあとに見たのは、天井から吊り下がっている姿。


 俺がと思いたいだけ。実際は死んでいる。亡くなったっていう事実を受け入れられない。安藤もあの死を許容するのは、俺が悪いのだと認めるのと同義だからさ。


 しかし、安藤もあがユニの中で生きているのだとすればどうだろう。


 オルタネーターを保存食として加工する案が、安藤もあの考案したものだとしよう。あの時点でのユニは、漆葉さんの協力者とはいえ発言力は低かった。そもそもユニは情報工学の教授だし。この研究施設Xanaduは漆葉さんのものだ。ユニの案とするよりも漆葉さんの案としたほうが、皆納得する。


 ユニの中には安藤もあが生きていて、ユニの姿を借りて発言しているのだとすれば、……まあ、それにしても食糧としてオルタネーターを再利用することで安藤もあにどんなメリットがあるんだろうか。侵略者の真意は見えてこない。人間に混ざって生きていく道に戻るのか、それとも、人類の滅亡を目指し、当初の予定通り、俺と二人で新世界のアダムとイヴを目指すのか。


「ユニ坊に反対するとな、みんなから白い目で見られんねん」


 俺からの返答を待ちながら、五代が情報を付け足していく。

 ずっと五代のことをユニのイエスマンだとばかり思っていたけど、その口ぶりからすると違うっぽいな。


「邪険に扱われるだけならまだええわ。廃棄のオルタネーターに混ぜてされたんもおる」


 は?


 なんだそれ……?

 混ぜてって、食肉加工場でぐちゃぐちゃに……?


 漆葉さんの最期を思い出す。ああなってしまえば、元がどこの誰だったかも判別できない。性別もわからないだろう。オルタネーターの肉塊と合い挽きにされていたら、探し当てるのは困難だ。


「せやから、拓三がおらん間に辞めたんもおるよ。自分も、彼らに合流しようと思っとる」


 さらっと辞める宣言してくれるじゃん。


 侵略者に操られているユニを見限るのか。五代は研究施設Xanaduの最高責任者なのに。違うな。今の話を鑑みると、最高責任者なのは表向きであって、ユニが、いや、ユニの中の安藤もあが、この研究施設Xanaduを牛耳っている。


「もうひとつ。話は変わるんやけど、拓三に聞いておきたいことがあんねん」


 五代はピアノに寄りかかり「自分は、として、あの事故の真相を追っていた」と語り始めた。


 被害者の遺族というからには、俺にとっても無関係ではない。父親アイツと後妻さんと、ひいちゃんを失ったあの事故の話だろう。父親アイツが運転していた車が五代の父親と弟の晴人くんを轢いている。もし他の事故のことを俺に語られても、へえそうですかとしか返せない。


「シノバズ池に突っ込んだ車には、車を池から引き上げた時にできたんと違う、があった」

「……初耳です」


 俺が相槌を打つと、五代は「捜査員は『引き上げた時にできたもの』だって決めつけとったからな。調書にもそう書いたんやろ」と述懐する。


「第二世代のオルタネーターを虐殺した触手と、形状がそっくりなんよ。あの触手が車に巻き付いたら、こうなるやろなと」

「あれは俺じゃなくて」

「ウサギさん、やろ?」


 弁明を制して「拓三を疑っとるんやないで。あの事故の時、拓三は院試やろ? アリバイがあるやんな」と続けた。


「アンゴルモアがおって、触手で車を池に叩き込んだんちゃうか?」


 違う、と答えそうになって、口をつぐむ。

 違うと言い切れるのかを考えろ。


 俺とアンゴルモアが出会ったのは、事故のあと。俺は後妻さんのご実家に引き取られ、葬式も終わって、院試の結果も出てからだ。安藤もあは、1999年の7の月に一度侵略しに来て、逃げ帰って、今回が再上陸だと話していたはず。……だから、違う……安藤もあが、過去にタイムトラベルできる手段を持っているとしたら話は変わってくるけども……。


「実はシノバズ池にはタコの妖怪がおって、そのタコがイタズラしたのかもな」


 五代は笑えない冗談を飛ばしてから「自分に全部話してくれへん?」と俺ににじり寄ってくる。


 全部。


「今すぐにとは言わんよ」


 そうか。


 俺と安藤もあとの間にあったこと、ユニとのこと、そして『ピースメーカー』計画。

 どこから話せばいいのか、五代に話してしまっていいのか、わからない。


「拓三は、自分にとって最後の家族や」

「俺が?」

「実の父親――拓三の父親でもある参宮隼人さんぐうはやとは知っての通り、育ての父親の五代勇治ごだいゆうじも轢かれとるわけで。自分の妹と、お袋はこの前の地震でな」


 この前の地震。

 安藤もあの死を受けて、アンゴルモアを地球に送り込んだ張本人である〝恐怖の大王〟が起こしたもの。


「この部屋に入れたっつーことは、あんたはそこのアンゴルモアと関係あるんやろ?」


 俺がただ一言、肯定すればいい。


 そうだよ。

 と答えるのを、急かしている。


「あんたが何を知っていようと、あんたが自分の弟だってのは変わらない。だから、自分は拓三のことを大事に思っていて、……こんなところにいたら、おかしくなる」


 声の調子が変わって、今度は俺を諭すように「自分らは、オルタネーターのいなかった頃の日常を取り戻そうとしてるんよ」などとのたまう。

 反対派の側面を曝け出してきたな。


「自分はお飾りとはいえココの最高責任者や。命じれば、現存する全てのオルタネーターを廃棄させることもできる。全部捨てて、自分は辞める」

「そんなこと、今の社会が許してくれるんですか?」


 労働力としてオルタネーターが存在し、必要不可欠となった昨今。

 オルタネーターなしでは世の中が立ち行かなくなってしまうんじゃあないか。


「すっかり毒されたなあ拓三ぃ。元々この世界は、オルタネーターなしでも回っとったやろ。人類が蘇ったいま、オルタネーターまがいものは不要なんよ」


 いらなくなったら捨てるのか。そうか。道具だもんな。そういうもんか。

 でもな。


 のオルタネーターを失わせるわけにはいかない。


「四方谷さんは死なせません」


 四方谷さんと言って、ピンと来ていなかったようなので「オルタネーター第四世代の十四番は」と言い直す。


「あの子はオルタネーターとちゃうや、かッ!?」


 五代が言い終わるのを待たずに、その首にが巻き付いた。

 俺の口から「話は聞かせてもらった」と、俺の言葉じゃあない、何者かの言葉が発せられる。


 俺の中にもいるのか?

 ユニだけではなく、俺にも。


「拓三ぃ……!」


 触手は俺の両肩から一本ずつ生えていた。もちろん俺の意志で伸ばしているのではない。俺は五代に殺意を向けていないし。むしろ会話の邪魔をしてきた触手は引っ込めたいぐらいだよ。


 五代の手がくうを掴む。


 俺はその手を握ることができない。どれほど手を伸ばしても届かないのに、足は動かせない。あの時と同じだ。俺の身体を支配している。


 アンゴルモア。

 俺の話を聞いてくれ。


「我らの計画を阻むのなら、死ね」


 グギッ、と音がした。

 その音を聞いて満足したように触手がスススと消えていく。


 俺は死ねだなんて思っていない。

 生きていてほしかった。


「なあ、拓三」


 仰向けに倒れた五代を見下ろしながら、俺は俺の名前を呼んだ。

 これが俺の声とは思いたくない。


 俺が殺したのか?

 俺が殺したってことになるのか?


「兄弟だっていうのに似てないな」


 ***


 **


 *


 ふらふらと、心ここに在らずで歩いていた。

 自分の部屋に向かっている。


 誰かにぶつかった気がした。

 俺がその誰かを見たら誰かが悲鳴を上げて逃げ出した……そのぐらいには、今、人様にお見せできないような顔をしているらしい。


 死体を隠さなきゃと思った。

 あの場所にあるかぎりは、隠しているのと同じだ。

 ユニ以外には入れない。


 だから大丈夫。

 第二世代の時のように、監視カメラがあるわけじゃあないから。


 俺が黙ってさえいれば大丈夫。

 あとは知らんぷりしていればいい。


 嘘をつくのは得意だろ。

 もし誰かが、二人で元音楽室に入ったのを目撃していたとしても、シラを切り通せばいい。


 どちらかといえば嫌いではあったけども。

 それでも、相手は弟として見てくれていたのだから、俺は、……。


「おい! なんだか『よろよろ歩いてたー』とか『顔が真っ青だった』とか聞いたから、この大天才が見舞いに来てやったぞ!」


 扉を開け放って、四方谷さんが入ってきた。

 四方谷さんだと思う。

 大天才って言ってるし。


「……これまで、いろんな人から『生まれてこなければよかったのに』って言われているんですよ」


 俺がいなければこうはなっていなかったんじゃあないか。

 そう考えると、この言葉はあながち間違っちゃいないよ。


「四方谷さんも、そう思いますか?」


 大天才なら、なんと言ってくれるだろう。


「あたしに聞く?」


 ……。

 ……。


「うーん、あー、えーと、助手がいなかったら、あたしもいないだろ? あたしはほら、その、ひいちゃんだっけ? を目指して作られたんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る