第84話 救世主 〈偽〉

「何ですか。話って」


 気乗りしねェな。五代と二人っきりっていうシチュエーションが嫌だ。俺の兄らしく、兄としての立ち振る舞いを心がけているらしいが、今の所、理由も明かされずに妙な薬を飲まされるぐらいのイベントしか発生していない。


 待ち合わせた場所は元音楽室の前。安藤もあの眠る場所。俺が先に着いて、着く様子をどこかから観察していたようなタイミングで五代は現れた。俺の考えすぎかな。


「ここん中で話さん?」


 ここん中と、五代は音楽室の扉をコツコツと叩いた。

 それなら扉の前で待ち合わせせずに、中で待ち合わせすりゃあいいじゃん。


「開けられないんですか?」


 最高責任者の五代のセキュリティカードなら入れない場所なんてないだろ。

 そうでもないのか? ……ここに安藤もあがいるから?


「自分のカードなあ、磁気不良っぽくて反応しない時があんねん。ほら」


 図々しくつらつらと、それっぽいことを言ってくる。胸元からカードを取り出して、これ見よがしにかざした。元からそのカードで入れない部屋なら――例えば、俺が持っている万能のセキュリティカードでも女性用更衣室や浴場には入れない――エラーが出るはずが、ただの厚紙をかざしたかのように無反応だ。ダメでもスペアがあるだろ。今持ってない、とでも言うのか。


 この男はどこまで知っている?


 知っていて知らないふりをしてんのか、全く知らないのか。


 知っているとしたら、その情報源はユニ以外はあり得ないだろうけども。ユニと俺とがちっともその辺の情報共有ができてねェんだよな。この前、ユニの授業を横で聞かされたのが最後だよ。顔すら見てない。


「せやから、拓三ので開けてほしいんよ」


 ここで渋ってんのは疑われるよなァ……?


 俺が入りたがらないのを怪しまれているかも。五代、表情が読めない。人の目を盗み見て、なんとなくその人が求めている答えに沿った言動を心がけてきた俺だけど、五代には掴み所がない。とっかかりがないっていうか、言うことやること、ひとつを疑い始めると全部が胡散臭く見えてくる。俺が刑務所にいる間、たびたび面会しにきてくれてはいたけども、その時からずっとだ。どういう魂胆なのかわからなかった。


 五代が俺の兄だと明かしてくれたから、肉親として会いにきてくれてたんだなって、後からわかったけども。早めに言ってくれていれば、――どこかのタイミングで、俺にだけ話してくれていれば違っただろう。俺は五代のことをユニのいとこだって思い込んでいたからさ。これもユニにはどのぐらい話してんだろ。ユニはまだ、五代をいとこだって思ってんのかな。ひょっとして俺に見せてきたあのDNA鑑定の結果は偽装なんじゃねェか……?


 やめとこう。

 キリがない。


 磁気不良というのは本当だから俺ので開けてほしいようにも、元から開けられないけど磁気不良ってことにしてんのか。

 どっちだかさっぱりわからない。


「ユニ坊から『拓三と大事な話をするときは、音楽室を使うといいよーん』って言われてんねん」

「ユニから?」


 俺がユニと呼び捨てにするたびに、五代の眉がぴくっと動く。ひりつかれてんな。ユニは京壱くん一筋だから、どれだけ金を積もうと五代に靡くことはねェだろ。それはそれとしてユニのモノマネは似ていた。


「この中には監視カメラが付いてないから、外から見られることもないんよ」

「男子トイレにもカメラがあんのに?」

「よお気付いたな。自分は付けたほうがええんちゃうかと思うんやけど、ユニ坊がいらん言うねん」


 ユニが言えば道理は引っ込む。

 防犯のウィークポイントは元音楽室か。


 オルタネーターを製造し出荷しているこの研究施設Xanaduには、たまに、その技術を盗み取ろうとする他社の人間や、オルタネーターによって人間の仕事をとしょうもない思い違いをしている反オルタネーターな人間などといった、敵対するアホどもが訪れる。九割が門前払いを食らうが、侵入を許してしまった残り一割に対してはオルタネーターではなく警備ロボットが対応した。第二世代の反乱はよっぽど痛かったらしい。感情のないロボットは、悪しき者を撃退して警察に突き出す。ロボットなら電源を切ればいいもんな。オルタネーターのように人間に近しい姿をしていないから、いともたやすく処分できる。人間としての良心は痛まない。


「まあ、ユニが言うなら」


 俺はわざとを強調し、自分のカードでロックを解除する。扉を開けて電気をつけた。

 五代が安藤もあの眠っている棺桶に気付いて、近づき、その顔を見るなり「コイツがか」と俺に確認してくる。


「?」


 俺はアンゴルモアと発音しようとするとになるけど、五代はならないのか。

 ユニもになっていた。俺やユニと、五代。この違いはなんだろ。


「棺桶の中で寝とるんか。吸血鬼みたいやな」


 吸血鬼じゃあなくて宇宙人なんだけども。

 というか、五代にも寝ているように見えるんだ。


 見えるってか、……俺に確認してきたり、こんな反応をしていたり、まるでかのような。


「ユニからやれアンゴルモア細胞だの、地球上のいろんな法則を無視した〝コズミックパワー〟だのの話をされたんよ」


 ああ、知ってるんだ。

 知っているにしては、ほぼ信じていないみたいな声色で喋っている。


「自分は宇宙人なんてハナから信じとらんよ。せやけどな、オルタネーターたちはやったし。ユニ坊も、昔とは変わって」

「ユニは変わってないよ。最初から、京壱くんのことしか考えていない」


 俺が口を挟むと、五代は俺の両肩を掴んで「漆葉のじいさんの案やってユニ坊は言っとったが、それでもあのユニ坊が人肉の缶詰なんか流通させるか?」と揺すってきた。そこは、まあ、俺もなんでやろなと思っていたところだよ。ユニの目的は、サービス終了した『Transport Gaming Xanadu』の世界に戻って、最愛の京壱くんに再会すること。その目的と、オルタネーターを加工して缶詰にして、ご家庭にお届けするのとは、どこをどう考えても結びつかない。


「ユニ坊はアンゴルモアに操られとるんやないかと疑っとるんやけど、拓三はどう思う?」

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