第83話 Lost some-lie 〈後編〉


 全裸男性の名前は八束了やつかりょう。やはりこの家の家主で、私は『Transport Gaming Xanadu』の世界に行くはずが、なぜか、四年前の八束さんに来てしまったっぽい。似ても似つかない場所だよねん?


 あれれえ、おかしいなあ。

 設計ミスじゃーん?


「これがウチの嫁と娘っち。かわいいべ?」


 突如現れたプリティフェイスのユニちゃんは大学教授でもありますゆえ、その巧みな話術と叡智で八束さんを言い包め、現在もてなしを受けている。真っ昼間からリビングで酒盛りが始まっちゃって、だいたい二人ともいい感じに酔っ払ってきたところ。


 コワモテで背中には昇り竜の刺青が入ってるような八束さんだけども、話してみると結構イイ人だった。一人暮らしにしては広々ファミリータイプのお部屋だなーん? と思ってたらやっぱり妻子持ちじゃんね。私は京壱くん一筋だから、浮気はしないよーん。朝からお風呂に入ってたのは、夕方から朝までの時間帯で働く人だからっぽい。世の中全ての人が八時五時で働くわけじゃないもんねん。真っ昼間から酒飲むのに抵抗はあったけどけど、仕事明けてパーっと飲みたいのはわかる。


 人は見た目によらないねえ。

 誰かさんとは大違いってかーんじ。


「へ、へぇー!」


 八束さんの携帯端末の中のお写真を見て、さぁーっと酔いが覚めた。

 声が上擦る。


 そのに見覚えがあったからねん。


「去年どっか行っちゃって、この一年間めっさ探したんよ。オレが夜勤明けて帰ってきたらいなくなっててよお」


 四方谷よもや――いや、現在は参宮真尋さんぐうまひろ一二三ひふみちゃん。

 見間違えようがない。私だって、この二人プラス再婚相手の男とその息子の写真を何度も見ているし? そりゃあ覚えちゃうよねん。覚えるつもりがなくっても。


『ユニ』


 直接脳に語りかけてくるタイプの侵略者さん。


『我はここを離れる』


 うん?

 私はついてこなくてもいいの?


『ユニはここで待機していてくれ。帰るときになったら回収するぞ!』


 八束さんと酒盛りしてればいいのん?

 ……あ、もういなくなった。どこ行ったんだろう。なんか深刻そうだったけど。


「お嬢ちゃん、飲みすぎか?」

「いあいあ。ぜんぜぇーん大丈夫いぶい。――私も、高校の時に大事な人がいなくなって、ずーっと探してたことあるからさーあ」


 京壱くんを思い出していたことにしよう。そうしよう。飲んでたら相手がぽけーっとし始めたら、心配しちゃうよねん。そういうんじゃあないから安心してくれたまえよ。ユニちゃんはお酒にも強いのだ。ガハハ。


 私が最初に『Transport Gaming Xanadu』の世界に転生したときは、京壱くんの自殺から一年後だった。

 なんとなしに親近感が湧く。


「見つかったんか?」

「見つかって、会って、私と一緒に帰ろって言ったんだけども、断られちゃった」


 あれから幾星霜。私と京壱くんの仲を引き裂いた『Transport Gaming Xanadu』はサービス終了した。京壱くんだけは、絶対に取り戻したい。そのために、――そのためだけに、私は時空転移装置を、宇宙人と共に作ったんだよん。


 それなのになあんでここでお酒飲んでんだろう。

 帰りたくなってきちゃったなあ。


「オレも断られんのかな」


 八束さんの視線は、手元の携帯端末に。


 なんで真尋さんが一二三ちゃんを連れて出ていっちゃったのか、八束さんの話だけだとわからんちん。一家の大黒柱として、八束さんはちょっぴり奮発してこの部屋でローン組んで、記念日にはケーキを買ってお祝いしたり、お出かけしたりしていた、って話していた。不思議だなあ。


 私は好きな男の人と同じところに住んで、生活したことはない。私が一番好きなのは京壱くんであって、他の誰でもいいってわけじゃあないからねん。だから、どういう不都合があるのかってのは想像できないなーん。


「どんなオチになるとしても、気持ちは伝えるべし!」


 人生の先輩からの助言はこうだ!


 八束さんのほうが年上だったらどないしよう。で、でも、好きな人と離れ離れになってからその人に会いに行ったってのは私のほうが先輩じゃんね。ってなわけで、いいでしょう。ありがたく聞くべきよーん。


「そうか!」

「思い立ったが吉日! レッツゴー! ……の前に、嫁と娘っちの居場所はわかってんのん?」


 めっさ探した、って言ってたよねん。


「ウエノに住んでいるらしい」

「連絡先は?」

「何百回とかけたけど、つながらねーんだこれが」

着拒着信拒否されてんなあ……」


 ヒントはウエノだけかあ。

 ウエノで人住んでるところっていうと、四方谷家がある辺りは住宅地って感じだった気が。


「実家に帰ってるって可能性は?」

「嫁の実家がウエノだよ! ……でもなあ」


 場所までわかってんなら行けばいいじゃーん? と他人事な私は「なら実家に突撃すりゃあええのん」と言ってしまう。っていうかさ、私は京壱くんを追いかけて『Transport Gaming Xanadu』の世界――MMORPGの中に行ってんの。一度死んでるわけ。京壱くんと同じように、高いところから飛び降りてね。


 宮城創みやぎはじめの言葉を一切疑わなかったわけじゃあないよ。死んだら京壱くんのところに連れて行ってあげるね、って言葉を、そのまま、まるっと鵜呑みにできるかっていうと。藁にもすがる思いではあったけども、そこまで私もおバカじゃない。宮城創が、『Transport Gaming Xanadu』にいる京壱くんの姿を見せてくれなかったら、信じてなかったよん。


 大した力もないのに騙してくるような悪い奴だったら死んでたからねん?


 そんなこたぁ今は別にええねん。

 死ぬのに比べたら、現世のご実家に行くぐらいなんてことはなくなーい? 


「今更のこのこ出て行っても帰れよってなんねーかなー。実家にいるって確定したわけじゃねーしよー」

「お前の想いはその程度か!」


 怒鳴りつけちゃった。

 お酒の勢いってことで許してほしいのん。


 私は一生かけて、この人生すべてを賭して、京壱くんと結ばれるのだ。


「嫁と娘っちと、やり直したいんじゃないのん?」

「やり直したいよ!」


 八束さんの声も大きくなる。

 っていうか、場所までわかってんのに今の今まで会いに行ってなかったのん?


 やーい意気地なしー!


「お前の嫁、再婚して今は参宮さんになってるよーん」


 言おうか言うまいかぐっと堪えて言うまいを選択してたけども、言っちゃった。

 お酒では変わらなかった八束さんの顔色がみるみるうちに赤くなっていく。


「はあ!?」


 さあてどこまで話そっかなーん。


 大事な嫁が再婚相手の息子に犯されて大変なことになったことまで、私は知ってんだからね。

 ……大事な嫁じゃなくて嫁じゃんか。八束さんは真尋さんのことを本当に愛していたっぽいってのはさっきまでの話と、この反応を見てバッチバチに伝わってくる。もう手がプルプル震えてるしねん。


「わかった。行く。ウエノへ」


 八束さんは立ち上がると、壁にかけてあった何種類かのカギのうちのひとつを取った。玄関に置かれたヘルメットを小脇に抱える。バイクのカギなのかなん?

 私が「……え、飲酒運転じゃん?」とツッコむよりも先に、家を出て行く。残される私。


 もしかして:愛しき侵略者アンゴルモアさんはここで待ってろって言ってたから、ここで待ってないとダメ……?

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