第77話 摂氏二三二

「なあ、そろそろ起きてもええんやで?」


 額を小突かれて目が覚めた。

 俺の記憶はデザートを食べようとしたところで途切れている。


 エアコンからの風はないが、漂っている空気はひんやりと冷たい。


「薬入りの特製セットがそんなに美味しかったん? 爆睡できてよかったんやないの?」


 場所が移動していて、俺の身体は――もはや懐かしい、研究施設Xanaduの食肉加工場にあった。


 眠っている間に瞬間移動。

 というか、なんで寝てしまったんだろう。おなかがいっぱいになったからか?

 急に眠くなったんだよな。なんだか、催眠術にかけられたような。かけられたこと、ないけど。


「あれ……」


 左右の手首はひじ掛けに手錠で固定されていて動かせない。

 両足もだ。足首が椅子の足に括り付けられている。


 座らされているから全体像はわからない。


 が、なんかの映画で観た、電気椅子のように思えた。

 まあ、まさかね。ははは。そんなものがここにあるわけがないよ。


 第一、この国の死刑は絞首じゃあないか。

 もうはるか彼方、過去の話のように思えてくる。あの日。倒れた椅子。天井からぶら下がって、揺れる。

 眠ったまま、――まだ、眠り続けているであろう、安藤もあ。


「まずは今タクミが置かれている状況を教えたろか」


 口元を緩める五代さん。

 直前まで、焼肉屋で、現在のこの国の状況を身振り手振り交えて説明してくれていたのに?


 俺を拘束してどうする気だ?


「自分は拓三のやから、としてを真っ当な人間に戻さなあかんと思うんよ」

「は……?」


 笑い飛ばしたくなったけども、五代さんは大真面目な顔をして「腹違いのやで。せやから、なーんも問題なく身元を引き受けたんよ?」と一枚の紙を俺に見えるように見せてくる。

 いつの間にかDNA鑑定されていたっぽい。


 この紙によれば、五代さんと俺の父親は一緒。

 母親が違う。


「え、父親アイツは……」


 上がいるなんて話は、聞いていない。

 一言も。


 だが、科学的根拠が目の前に提示されている。


 きっと、これは真実。

 俺には明かされず、池の底に沈められた事実。


「でも、五代さんはユニのいとこなんじゃ」


 五代さんとユニがいとこの関係性なら、ユニは俺とも血縁関係があることにならないか?

 そうでもない? のか? ユニから何か言いそうなもんだよな。


「ハハッ! よう覚えとんなあ!」


 途方もない悪意を込めて。

 さっきまでとは別人みたいに「そんなん嘘に決まっとるやろが。ユニ坊はそうでもないと話してくれへんかったんよ」笑い飛ばしてくれる。


 嘘。

 嘘なんだ。


 どこまでが嘘で、どこからが本当のことなの?


 俺は!

 ――誰を信じたらいい?


 ユニ。

 ユニなら俺を救ってくれる。


「なんでユニ坊は拓三オマエと付き合ったん?」


 五代さんの元から細い目が、眼光鋭く俺を射抜いてくる。


 俺は「ウサギさんの力を、」答えようとして〝アンゴルモア〟という単語が出てこない。

 アンゴルモアの力を、ユニは借りようとしていたのだって伝えたいんだよ。俺は!


 ユニは一色京壱いっしきけいいちに再会するために、侵略者の〝コズミックパワー〟を転用しようとしていた。


 口をついて出てきたのは

 あれ。

 ユニも、ウサギさんがどうのって。


「さよか。ウサギさんねぇ?」


 身体に縫い付けたはずのウサギのぬいぐるみの頭部が、五代さんに握られている。

 潰されそうなほどに、変形してしまいそうなぐらいに、力強く。


 さらにはひっくり返したり振ったりしてから「コレに何のパワーがあるんかな? 自分には、ただの薄汚れたぬいぐるみにしか見えへんのやけど」と怪訝な顔をした。


「返してくれ」


 返してほしい。

 俺が祖母の家、後妻さんの実家から持ち出した、ひいちゃんとの思い出。


「返せよぉ!」


 唯一無二の、大事なもの。

 他のものを買えばいいってわけじゃあない。


「返せ! 返せぇ! 返せっ!」


 ただの薄汚れたぬいぐるみで悪かったなァ?

 俺にとっては、本当に本当に、俺の命よりもずっと大事なものなんだよ。

 だから、俺が持っていないといけない。こんな雑に頭を掴むようなやつに渡しちゃあいけない。


 俺が、責任を持って、俺が俺が俺が俺が俺が……。


「泣くほどなんか?」


 うるさい。

 お前にはわかりゃしないよ。


「……返してください」


 下手したてに出てみれば「ほーん?」と鼻で笑われる。

 なんだよ。俺の兄だって言うんなら、弟の願いを聞いてくれよ。どうして今のいままで黙ってたのさ。言ってくれてもよかったじゃあないか。


「ムショでも大事にしとったみたいやし、ほんまになんかあるんやな。調べなあかんなぁ。なあ

「――本当に出てきたんだ」


 扉が開いたのに気付いて五代さんが振り向く。

 あの日と同じように、ユニが入ってきた。


 ショートボブで、白衣を羽織っていて、ちょっと疲れているみたいで、くりっくりの目の下にはクマが出来ているけども。

 それでも、四年経ってもかわいいユニ。


 なんだよ。

 嘘つき野郎め。


 ユニはぜんっぜん変わっちゃいないじゃん。


「死ぬまで牢屋にぶち込まれていたらよかったのに」


 こうして俺に会いにきてくれた。

 やっぱりユニは俺を放っておかないんだな。


 これまで会えなかったのは、……そうだよ。ユニも忙しかったんでしょ。そうだよな。わかるよ。

 ピースメーカー計画のために、アンゴルモアと協力しなきゃあいけなかったから。


 こうしてここに戻されたのは、安藤もあを引き継ぐ〝器〟を作るってのがまだ頓挫してないってことだろ。

 きっとそう。ここからもう一度始めないといけない。ユニの目的を達成しないといけないから。


 俺は出てこないといけなかったし、ここに来ないといけなかったんだった。


 この場所によい思い出はないけれども。

 第三世代あるいは、その次の世代ならなんとかうまいこといきそうじゃん?

 言うこと聞いてくれるんでしょ。なんでもさ。


「ユニ!」


 俺が呼びかけると、ユニはびくっと反応する。

 小動物みたいでかわいいよ。会えて嬉しい。


 こうやって来てくれるってことは、俺のことを嫌いにはなっていないはずなんだ。


「お前なんて!」


 ユニは意を決したように、握り拳を作る。


 そんなに怖い顔をしないでほしい。

 どうして俺を睨むのさ。俺は悪くないのに。

 無実の罪で投獄されていて、ようやく出てきたと思ったら兄に捕まってさ。

 意味わかんないよ。


 俺を助けてくれ!

 ユニ!


「生まれてこなければよかったのに!」



【再起動します。少々お待ちください。】


SeasonY

Phase3

〝Xanadu〟end


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