第76話 ガラスの星を救え

「おつとめご苦労さん」


 助手席に乗り込むと、トントンと肩を叩かれた。

 俺がベルトをしたのを見てから「ほな、行こうか」と発進する。


「どこに行くんですか?」


 道なりに進み、大きな通りに出た。

 この辺の土地勘はないので、本当にどこに向かっているのかわからずに聞く。


「まずは出所祝いやな」


 祝ってくれるらしい。

 なんで五代さんが祝ってくれるのかイマイチわからないので「今なんて?」と確認してしまう。


「自分がうまいもん食わせたるって言うとるんや」


 聞き間違いではなかったようだ。

 それでも「いや、どうして五代さんが俺に?」と食い下がる。

 どうしてもわからない。


 俺と五代さんの接点ってなんだ?

 この世でたった一人だけ、俺に面会しに来て、世間話を繰り返したぐらい?


「男同士で飯行くのはいやなんか?」


 揶揄からかうような調子で言われてしまった。

 別に嫌ってわけじゃあないんだけどな。


 あ、あと、ユニのいとこで、ユニと俺とが付き合っていると誤認していたっていうところ?


「ユニは元気ですか?」


 ユニの名前を挙げると、五代さんの顔が一瞬だけピクっと反応した。小さい頃から周りの人間の顔色を窺ってきたせいか、この手の反応を勘づいてしまうのをやめたい。考えすぎだってことにしてさ。


「ユニ坊なあ。昔は男嫌いで、男の親族ぐらいとしか話してくれんかったんよ」


 懐かしげに語る声色からは、先ほどの憎しみは消えていた。

 続けて「誰彼構わず誘惑するような尻軽になってしもうて、見る影もあらへんの」と残念そうに言う。


「ユニが……?」

「化粧もケバくなって。会ったら別人か思うんやない?」


 車は焼肉屋の駐車場に入っていく。


「元気ですか?」


 生きていることはわかった。

 達者かどうかについては「うーん、せやな……今度会わせたるわ」と約束を取り付けてくれるようだが、なんとも歯切れの悪い回答だ。


 別人と思うほどに変わってしまったユニ。

 会いたいような会いたくないような……。


「そういや、拓三ぃがムショに入った頃は、第三世代のタネもなかったんやっけか」


 車を停めてから、話題を変えてきた。

 刑務所にオルタネーターはいない。

 オルタネーターは犯罪をしないし、しても即処分されるようになっているらしい。


 第二世代が人を殺めたせいで、第三世代は人に歯向かわないように設計されている。


「そうですね」

「そかそか。実物を見んのは初めてになるんやな」


 そして、第三世代にはもう一つ特徴があった。

 特性とも言えるし、見ようによっては欠点でもある。


「いらっしゃいませぇー」

「「「いらっしゃいませ!」」」


 入口付近のが挨拶すると、フロアー担当の三体が呼応した。

 彼らはオルタネーターの第三世代。


 

 人間の成人男性並みの体力と筋力を有している個体でも、身長は120センチメートル以下。

 それ以上は大きくならない。


 噂通りだ。


「二人で」

「二名様ご来店でーす」

「「「いらっしゃいませ!」」」


 俺が立ち止まり、厨房で働いている従業員を眺めていると「焼肉やないほうがよかったんか?」と五代さんにせっつかれた。

 その背の低さに合わせて、設備が設計されている。

 人間が食事をするスペースは従来のままだが、厨房は天井が低めになっているようだ。


「いえ、肉、好きなんで」

「そらよかった。いくらでも注文してええからな」


 と言われても。


 五代さんが俺に親切にしてくれる理由が、思い当たらない。

 年下だから? 出世払いってことか?

 ずっと頭の片隅で引っ掛かっている。


「選べんかったら、自分がテキトーに頼むさかい。残さず食べるんやで」

「食べられるだけにします」


 真面目な回答だっただろうか。

 五代さんは「遠慮せんでええのにな」とつまらなさそうな顔をしているけども、残されたら嫌だろ。


 メニューは特に変わったものは見当たらなかった。

 いたって普通の焼肉屋だ。

 オルタネーターの腸詰でもあったらどうしようか、それってかの有名な『人間腸詰』みたいなもんじゃんか、と頭をよぎる。


「決まった?」


 早いなこの人。

 とりあえず「この日替わりで」と、おすすめっぽいものにしておく。


「高いもん頼んでええのに」

「……じゃあこのスペシャルセットで」


 一番色々なものがついてくる豪華なものを指差すと「おけおけ」と言って呼び鈴を鳴らした。

 本当に、なんでこの人は俺に優しくしてくれるんだろうか。


 でも、裏があるようにも見えない。

 どことなく――顔は似ていないけども――何か似通っているところがある気がしてならなかった。


 具体的に何なのかは当てられないけどさ。


「あとで服も買おうな。靴は何センチ?」


 優しくしてくれる人間を疑ってかかるのはよくないよ。

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