第75話 Limbo
あの日から四年経った。
経ってしまった。
国内全ての裁判所が地震で使い物にならなくなってくれていればよかったのに、司法は俺を見逃さない。研究所の匿名の誰かさんから提供された防犯カメラの映像――防犯カメラなんてあったんだな――によって、全ては明るみになった。
とはいえ、当時はオルタネーターを殺害した場合の罪が定まっていなかったので、罪状としては器物損壊罪が適用される。あくまで俺が裁かれた時の話であって、四年も経った今は違うらしい。と、他の受刑者から聞いた。
第三世代のオルタネーターによって労働力が確保された現在となっては。
なんだろう。浦島太郎状態っていうのかな。亡くなった漆葉さんの犠牲は無駄ではなかったとも言えるし、あれだけの事故が起きていながらまだピースメーカー計画が凍結されていなかったんだな、とも思う。
裁判では「俺は悪くない」と「ウサギさんがオルタネーターを全処理した」と「研究員たちのケガもウサギさんの暴走によるものである」という事実を主張した。事実じゃん。そうじゃない?
その結果『心神耗弱状態であったかどうか』とか『責任能力を問えるかどうか』とかが焦点となった。俺〝が〟やばいやつみたいな言い方をされたのには反論したかったけども、俺についてくれた弁護士先生は俺に沈黙を貫くよう指示してきたので、まあ黙っておいたよ。精神鑑定を何度も受けて、何回も身の潔白を主張した。俺は悪くないから。
オルタネーターを人間として扱い、殺人罪を適用するよう検察は訴えていた。殺人罪となると四十人殺害した殺人鬼という扱いになるので、避けようがなく死刑だ。俺は悪くないのに死にたくはないし、こいつらはオルタネーターと直接相対してはいないのにオルタネーターを人間と定義しようとしてきたので徹底抗戦する。
その結果が裁判の期間と、刑務所に入っていた期間と合わせての四年。
俺は悪くないけども、刑務所では真面目にやっていたよ。根っこの部分で、周りから〝よく〟見られたいって思っちゃうんだろうな。他の受刑者より作業は早かったし。評価も高かった。
作業所で糸と針をもらったから、ウサギのぬいぐるみは腰に縫い付けておいてある。
これで無くさないよ。ウサギさんとはずっと一緒。俺を守ってくれ。
俺はこれからどこに向かって歩けばいいの。
ユニはどうしてるんだろう。四年経って、すんごい老けてたらどうしよう。
俺にまた、会ってくれるだろうか。
一度も面会に来なかったし。
逆に五代さんが何度も来た。
今日は迎えに来てくれるらしい。
五代さんの口から直接聞いたけど、よく引き受けてくれたな。
ユニのいとこだっていうし、仲も良さそうだったから、ユニから頼まれたんだと思う。
迎えにきて、どうする?
「……」
まさか連れ戻すなんてことはないよな。
ピースメーカー計画の、アンゴルモアの〝器〟を作ろうの部分、俺がこんな目に遭ってしまったしもう無理だろ。というか、安藤もあの遺体はどうなった。五代さんは知っているのかな。こっちから聞くようなもんでもないし、聞いてないけどさ。
人間の死体にしか見えないようなものが元音楽室に安置されていて、しかもセキュリティレベル最大値なわけで、――所長なら知らんわけないか。あとで聞けばいいか。
俺は戻りたくないよ。
かといって目的地もない。
ひょっとしたら刑務所にいたほうがいいまである。
俺が起こしたことになっている事件がどんな風に報道されたのかは知らんけど、みんな俺を避けていく。
怖がっているように見えた。たぶん、身体がでかいから。昔からよくあるので気にしてない。いちいち傷ついてたらキリがないしさ。
「もあ……」
名前を呟くと『どうしたの?』とウサギさんが反応する。
久しぶりに喋ってくれた。
「俺が間違ってたよ」
最初っから、全部がおかしい。俺は悪くないけども、間違ってはいた。こうしなければ今のようにはなっていなかったろうに、後悔ばっかりしている。
『そうかな?』
ウサギさんは笑っているように見えた。
そう見えるだけで、ぬいぐるみだから表情は変わらない。
『これからだよ、これから。タクミが捕まるのは計算外だったけど、まだ挽回できるぞ』
そうなのかな。
俺は自分でどうすればいいかがわかっていないけども。
ウサギさんに問いかけようとして「ぷっぷー」という車のクラクションに気付く。
音のするほうを見れば、深緑色のクラウンが停まっていた。
運転席には五代さんがいて、俺に手を振っている。
『行きましょう』
ウサギさんに促されて、俺は車に近寄っていった。
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